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【鉄腕アトム】ロボットに人権はあるか?手塚治虫の想いとは…。

今回は「鉄腕アトム ベイリーの惨劇」をお届けいたします。

ベイリーの惨劇とはロボット発展の歴史上最も重要な事件といってもいい最重要ポイントでありますがあくまでもこれは「鉄腕アトム」の作中でのお話であります。

しかしこのエピソードには手塚先生がアトムを描いた動機そして作品に込めたメッセージが色濃く反映された作品であり
手塚治虫を語る上でも非常に重要なエピソードになっております。

今回はそんな「ベイリーの惨劇」の深堀りしまして
手塚先生が鉄腕アトムに込めた真のメッセージに迫ってみたいと思いますのでぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう。

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「ベイリーの惨劇」は1968年6月から7月にかけて掲載された作品です。

これは連載していた雑誌「少年」が終わってからサンケイ新聞に連載されたエピソードで後に「アトム今昔物語」として改題されているシリーズの中の一遍ですので正式なエピソードではなくいわゆるアナザーサイド的な立ち位置になっているのですが本作は本編にリンクする構成になっております。


あらすじは
アメリカでベイリーというロボットがロボットの人権運動を行っており
2003年ベイリーは市役所に必要書類を出し
ついに念願の市民権を獲得するに至ります。
これにより歴史上はじめて
人間と同等の権利を持ったロボットが誕生するんです。


ところが役所から出てきたベイリーは途端に
人間たちに粉々に破壊されてしまいます
そして取得した戸籍も破り捨てられ
存在そのものが抹消されてしまいます。

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ベイリーのボディガードを頼まれていたアトムでしたが
人間を傷つけることができないようにプログラムされているアトムは
ベイリーを救うことができず
その無残な光景をただ眺めているだけという…。

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これが「ベイリーの惨劇」事件であり
この事件がもとになって
2003年に「ロボット法」が制定されるというエピソードであります。


この「ベイリーの惨劇」
読み解く上でポイントが2つあります。

まずは①「ロボット法」の制定
そして②手塚治虫が示したアトムの真のテーマです。


まず「ロボット」法からですが
鉄腕アトムの作品の中で手塚先生が考案した「ロボット法」という設定があるのですがこれが
アメリカのSF作家アイザックアシモフが発案した「ロボット工学三原則」に驚くほど似ているんですね
内容はと言いますと

1条
ロボットは人間に危害を加えてはならない
2条
ロボットは人間の命令に服従しなければならない
3条
ロボットは1条2条に反する恐れがない限り自己を守らなければならない

というもので以後のSFものにおけるすべての骨格になる
非常に有名な三原則になっております。

巷では手塚先生がパクったとも言われていますが
先生は参考にしていないと言っておられます。
今回はパクったとかそんなことは一旦置いておきまして
非常に興味深い点がありますのでそちらをご紹介しますね。


まず手塚先生が示したロボット法の第一条には

「ロボットは人を幸せにするために生まれたものである」としています。

これは手塚先生が日本が戦争に負け
アメリカ兵から理不尽な仕打ちを受けたり日本人を蔑視される経験から
作品の多くにこうした差別に対するメッセージが込められていますと
自らも語っているように手塚先生が願うロボット法の最初には
「ロボットと人間の共存」が示されているんですね。

手塚治虫が示したロボット法はここではすべてご紹介しませんが
手塚治虫のロボット法はアシモフのものと比べ
よりロボットを人間的に捉えているイメージが強いです。


ここがアシモフと手塚先生考案のロボット法の大きな違いなのですが
実は…アイザックアシモフは
以前のロボット三原則だけでは解決しえない命題があるとして
1985年に第零条を追加しています。

内容は、第1条の「人間」「人類」に置き換わっただけなんですが
この抽象的な変化により色んな解釈が生まれザワつくことになりました。
ボクの解釈はこれによりこれまでの
ロボットとは安全、便利、長持ちという概念に
道徳、いわゆる倫理観が追加されたと思っています。

コンピュータという概念すら曖昧だった時代に、
これだけの論理を頭の中だけで構築してしまった
二人の天才には驚嘆の言葉しかないと言わざるを得ません。


そして2つ目のポイントは
手塚治虫が示した「アトムの真のテーマ」です

ズバリ手塚先生は
アトムを描いた最初の動機は「もっぱら人種問題のひとつの風刺」とはっきり語っております。

正義のヒーローという物語ではなく「人種差別」がアトムの主題なんです。

それを読み解く上でこの「ベイリーの惨劇」は
最重要ポイントになってくるのですが

実は鉄腕アトム本編「ロボットランドの怪人」というエピソード内で初めてこの「ベイリーの惨劇」が出てきます。


あらすじは
灰戸博士という科学者がロボットだけで作られたディズニーランドみたいなロボット王国を建設します。
一見すると華やかな王国なのですが実はロボットたちが奴隷のように扱われていたとても恐ろしい王国だったのです。

ある日、白鳥のロボットがロボット王国を抜け出しアトムに助けを求めやってきます。それを連れ戻そうとロボット王国のボス「サタン」がやって来て
アトムは徹底抗戦するんですけど
法律上、白鳥のロボットはロボット王国の所有物なので
逃げてきたロボットとはいえ、
かくまってしまうとそれは窃盗になってしまい手が出せないんですね。
悔しさをこらえきれないアトムは成すすべもなく…

というエピソードなんですが
このエピソードの中のひとつのシーンとして
「ベイリーの惨劇」という歴史的事件が描かれており
本作の「ベイリーの惨劇」というエピソードはこのエピソードを掘り下げたものになっているんですね。

この時にからすでに「ロボットに人権的な発想」が生まれており
鉄腕アトムにおける「差別」というものが明確に表れていますね。

しかしながら残念なことに、この「ロボットランド」におけるベイリーの惨劇シーンは単行本版では丸々カットされているので気づかなかったという人も多いかと思います。


では、なぜ手塚先生はカットまでした
このエピソードを新たに描いたのでしょうか???

これは1968年4月のキング牧師暗殺事件の影響だろうと思われます。
実はこのストーリーがサンケイ新聞に連載されたのは
キング牧師が暗殺された直後の1968年の6月であります

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南北戦争で奴隷廃止されたとはいえ当時のアメリカにおいての差別はゴリゴリにその影響がありそんな中での公民権運動の指導者「キング牧師」の暗殺はショッキングの何ものでもありません。

「ベイリーの惨劇」自体も黒人の人権及び公民権運動がモデルになっているのは間違いないでしょう。

アトムにおいて人間とロボットに対する差別描写は
明確に白人と黒人差別を風刺したもの
そして「手塚治虫が示したアトムの真のテーマ」そのものであります。

だからこそ、一旦カットしたエピソードを
新たに掘り下げてひとつのエピソードとして世に出したのではと思います。


ちなみに
先生はこの「ロボットランド」の着想は江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」だとしておりまして「ある島を丸ごと改造してテーマパークにして「ロボットランド」という観光の島を作ってみた。」
と語っております。

その後1973年のアメリカ映画で
ユルブリンナー主演の「ウエストワールド」という映画で
この設定に非常によく似た作品が公開されます。

「最新科学を利用して建設され島全体がテーマパークで
パニックになるというストーリー」は当時パクり疑惑が浮上しましたが
手塚先生は偶然だろうと言っておりました。

しかし…
1989年の先生亡くなった翌年1990年に「ジュラシック・パーク」が発表されます。

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これは皆さんご存じの島全体がテーマパークでパニックになるストーリーで非常によく似た設定ですよね
何を隠そうこの「ジュラシック・パーク」
先の「ウエストワールド」は同じ原作者でマイケル・クライトンというSF作家なんですね。
これはあまり大きくは触れられておりませんが
ほぼ間違いなくマイケルクライトンはパクってますね(笑)
まぁパクってというか影響を受けていますとしておきましょう。

こういうのは
手塚先生がいかに優れたストーリーテラーでありSF作家であったことが分かるエピソードだと思います。


さて、話を「差別」に戻しましょう。
この「ベイリーの惨劇」が人間とロボットの差別について描かれてることはお話しましたが

この「アトム今昔物語」は映画「風と共に去りぬ」をモチーフに
しているところがいくつかあります。

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イナゴの宇宙人スカラの名前はスカーレットオハラから来ていたり
作中でも「地球にもこれと似たような話がある」として
「風と共に去りぬ」の作品名を出していたり
隠すまでもなく影響を受けていることは間違いありません。

「風と共に去りぬ」と言えば南北戦争の時代の米南部を舞台に、
たくましく生きる女性の姿を描いた名作でありますが
その名作がですね…

2020年5月黒人に対する人種差別への抗議運動が巻き起こり
米大手動画配信サービスでは配信を停止しました。
どうやら「過去の奴隷制度を肯定している」としてのことだそうですが
これってどうなんでしょうかね。

作品というのはその時代における歴史認識を映しているわけで
それをすべて現代の物差しで括ってしまうのは如何なものか

その作品を見て「これが正しい」と思う人は恐らく少数だと思うんですよね
多くの人が「こんな歴史があったんだ」「差別はなくそう」と思うはず…
つまり見せちゃいけないって事に蓋をすることで余計に知る機会、改善する機会を失ってしまうと思います

「アトム今昔物語」も「風と共に去りぬ」をモチーフにしているだけあって
色濃く差別問題を描写している作品です。
「鉄腕アトム」においては全編を通して「差別」についての問題は所々に描かれておりロボットと人間の対立構造はメインテーマでもあります。

…という事はこういう時代の流れが加速していくと
いづれ「鉄腕アトム」はおろか
手塚作品自体も蓋をされる対象になるのかも知れません。
これは非常に悲しいことですよね。

アトムという作品が社会的に大きな影響を与えたのは
ロボットという機械的なものだったものに心を通わせたからです。
これまでロボットというのは、「人間に命令されたことしかできない」
ただの機械というのが普通
でした。
それが、しだいに電子頭脳が優秀になり、
自分でものを考え、自分で行動できるようになり、
いつしか人間の生活の中で欠かせない存在にまで成長しました。

そんなロボットに感情がある、
優しくて愛すべきものという概念に変えたこと、これは漫画の歴史、
いやエンタメの歴史においても計り知れない功績であるといえます。
単なる漫画ではなく科学技術と人類との関係性まで見据えて描いていたのはもはや異常です。
凄まじいまでの発想と先見力であります。

そんな手塚先生が創造した未来は「ロボットと人間の共存」
とはいえ、まだ現代においてロボットには権利がありません。
いつの日かロボットにも権利や法律ができる日が来るんでしょうね。

このロボット法についてはアトム本編では
第九条があるがために
「デッドクロス殿下」「ダーマの宮殿」のエピソードでは頭を悩ませたり
「ブラックルックス」というエピソードではロボットが母殺しだったり
「青騎士」ではロボット法が全面に押し出されたエピソードになっていたり
結構物語の重要な役割を占めるアクセントになっております。
これらを見るとこのロボット法が如何に本編において重要な設定であるかが
認識できるのではないでしょうか

ここら辺のロボット法についての考察は
結構なボリュームになりそうなので改めてまたの機会にでも
ご紹介したいと思っております。


…というわけで「ベイリーの惨劇」お届けいたしました。

今回はひとつのエピソードを掘り下げてご紹介いたしましたが
如何でしたでしょうか。
手塚治虫が込めた真のメッセージを深堀りすることでより作品の意図が明確にそして楽しみ方も変わってくると思います。
今でこそ考察系というのは日常的になりましたけど50~60年も前に
漫画と言う娯楽に作者のメッセージを密かに紛れ込ませてくるというのが
手塚作品の面白さであると思います。


最後までご覧くださりありがとうございます。


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