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Zen2.0 2023 セッションレビュー 〜DAY1 セッション#3(方丈)身体感覚からひろがる世界との新しいつながり方〜オルタナティブ教育の現場から~

 未来を担う子供たちが生きる指針を外側から押し付けられるのではなく内側から感じ取る力を育むにはどうすればいいのでしょうか?

宍戸幹央氏     藤野正寛氏    原田友美氏

瞑想を実践しながら瞑想の生理・心理・神経メカニズムを解明する研究に取り組んでいる藤野正寛氏と長野県佐久穂町にあるイエナプランスクール大日向小学校でSEEラーニングを取り入れた教育活動を実践している原田友美氏に教育現場での取り組みについてお話しいただきました。

身体感覚との新しい繋がり方

藤野正寛氏

 始めに、Zen2.0第2回から登壇いただいている藤野氏より瞑想と身体感覚について。
「こんにちは。藤野と申します。今日はSEEラーニングを題材に身体感覚から広がる世界との新しい繋がり方について話をしたいと思います。まず、私からは教育の現場に瞑想的なプログラムを導入する活動を始めたきっかけについて少しお話しをしたいと思います」

娘が生まれたことと世界を良くすること

「大きなきっかけは娘が生まれたことでした。今1歳8ヶ月です。娘が生まれた時に感じたことがあります。それは、僕がこれからおこなっていく活動で世の中が良くなる量よりも、僕たちが心を込めて娘を育てて、その子がこの世界をめいいっぱい生きていくことで、世の中が良くなる量の方が圧倒的に大きいのではないかということでした。そして、それは自分の娘だけに限ったことではないと気づき、教育の現場に瞑想的な要素を導入したいと思うようになりました」

瞑想の恩恵

 「僕は30歳くらいから瞑想を始めました。瞑想を続けてきた恩恵の1つが自分の身体感覚とコミュニケーションが取れるようになってきたことです。

例えば、嘘をついた時には、少し息苦しかったり胃の裏のあたりがざわざわしたりするのを感じます。また、純粋な思いやりの気持ちが生じている時には、微細で暖かい振動のような感覚が心臓の周りに生じているのを感じます。

意思決定や判断をする時に、この身体感覚を判断材料として使えるようになってきました。ただし、そのコミュニケーションはネイティブレベルな感じではなく、意図的に身体の感覚を観察したり、それに伴っている感情に気づいたりということを一つ一つやっているという感じです。できるときもありますし、できないときもあります。

もし、この身体感覚とのコミュニケーションに子どものころから親しんでいれば、ネイティブレベルで身体感覚を判断材料として使えるような子どもたちがこの世界に増えていくのではないかと思っています」

自分の内側の深いところで判断基準を養うこと

2014年京都 ダライ・ラマ法王と若手研究者の対話に参加

「ただし、判断材料だけでは片手落ちです。そのことを感じたのは、2014年に京都で開かれた、ダライ・ラマ法王と若手研究者との対話に参加したときのことでした。

その中で、若手僧侶のかたがある質問をされました。当時、海外のある部族の女性が、敵対する部族の男性におそわれて、妊娠するという痛ましい出来事が起こりました。その事件を踏まえて、その女性は子どもを産むほうがいいのか、産まないほうがいいのかが質問されたのです。それに対して、ダライ・ラマ法王は、産むことで生じる影響と産まないことで生じる影響を比較検討して決めるべきだという返事をされたのです。

これは当たり前といえば当たり前なのですが、殺生戒のある仏教のリーダーが決してルールに縛られているわけではないのだということに驚きを感じました。一方で、それはとても難しいことだとも感じました。何を判断基準にすればいいかがわからなかったためです。

ダライ・ラマ法王がその判断材料として一般の人たちに勧めているのが世俗的倫理なのです。世俗的倫理とは宗教や超自然的な観点から考えるのではなく、等身大の人間の観点から考えられる社会生活でわれわれ人間が守るべき道理判断基準のことです

『ダライ・ラマ 宗教を超えて』世界倫理への新たなヴィジョン ダライ・ラマ14世著
世俗的倫理

もちろんそのような世俗的倫理にも様々なものがありますが、ダライ・ラマ法王が提案されているのが、次の2つです。

『全ての人々には、苦しみを減らして幸せになりたい思う共通した人間性がある』
『全ての人々は相互依存的に密接に繋がっている』

このことを頭で理解するだけでなく、腑に落ちるレベルで体験的に理解することで、自分と他者の幸福や苦しみに対する配慮が自然と出てくるようになると考えられています。しかも、それは外側から植えつけられたルールではなく、自分の内側の深いところから生じてくる判断基準となります。

SEEラーニングについて

SEEラーニング

 このような判断基準を育み、そして判断材料となる身体感覚にも気づけるようになる一つの方法として開発されたのがSEEラーニングです。SEEラーニングとは社会的・情動的・倫理的な知性を学ぶ教育プログラムです。

ダライ・ラマ法王、ダニエル・ゴールマンやエモリー大学により10年以上かけて共同開発されました。2019年にインドで発表され、今や25カ国以上の学校で様々なプログラムの導入が進んでいます。SEEラーニングは、SELとシステム思考の枠組みに、世俗的倫理を組み合わせて、9つの要素から構成されています。

SEEラーニング 指導要領テキスト

エモリー大学のWebサイトにはカリキュラムと指導要領がまとめられた、幼児レベルから高等教育レベルまでの4段階のテキストが無料で配布されています。また3日間のワークショップも無料で提供されています。

日本では2022年にSEEラーニングジャパンが設立され2024年3月にはエモリー大学からゲストを招いて3日間のワークショップを慶応大学で開催する予定となっています。

詳しい情報については、SEEラーニングジャパンのニュースレターに登録してご確認ください。
SEEラーニングジャパン

イエナプランスクールとは?長野県佐久穂町大日向小学校

イエナプランスクール大日向小学校 原田友美氏

 次に原田友美氏より、SEEラーニングの取り組みについてお話をいただきました。

「こんにちは。原田友美と申します。私は長野県佐久穂町に2019年に設立されたイエナプランスクール大日向小学校でグループリーダーをしています。グループリーダーとは学級担任のことです。クラスのことをファミリーグループと呼んでいます」

イエナプランについて

イエナプラン教育

イエナプラン教育は1924年、ドイツのイエナ大学付属小学校で始まった教育です。来年で100周年になります。ペーター・ペーターセンという教育研究者がドイツで始めたのですが、ドイツではそれほど広まることなく、オランダ人の教育者によってオランダで広まりました。現在はオランダ全体の約3%(200校程度)の小学校で実践されています。最近ではイエナプランが指導要領に反映されるようになってきているようです。

日本では1984年に書籍で紹介され、リヒテルズ直子さんという教育研究者によりじわじわと広がりを見せ、2019年に日本で初めて大日向小学校でイエナプランスクールが開校しました。

イエナプラン教育

イエナプラン教育

イエナプラン教育のビジョンは「自立と共生」です。対立するのではなく共生して生きていくことを学校の中で実践しています。

  • 自分を知って 自分の人生を歩いていける人になる

  • 価値観の違いを知り共に生きる

イエナプラン教育の特徴

特徴は4つの基本活動があります。対話、仕事、催し、遊びです。
異年齢学級で1,2年生、3,4年生、5,6年生が一緒に学んでいます。
週計画を作り自分でスケジュールを管理します。
ブロックアワーは個人に合わせた学習をする時間で、子どもが必要な学びができるような時間になっています。
ワールドオリエンテーションはテーマを探究的に協働的に学ぶ時間です。

SEEラーニングの出会いと実践

教室で輪になり対話を深める子どもたち

なぜ、SEEラーニングを導入することになったのでしょうか?
「イエナプラン教育を実践する学校では自立を目指すため、ルールがなく何かが起きた時に話し合って解決をしてきました。しかしそれはルールの中で生きてきた子どもたちにとってはルールがないことが不自由であり、問題が起きた時に1対1の対話では解決できないことがでてきました。何か自立していくことを学ぶ練習ができないかと感じていたところ、SEEラーニングに出会いました」

SEEラーニングのワーク

約束のワーク

取り組んだワークについてお話を伺いました。
「SEEラーニングの始まりは安心する場作りです。ステップ・イントゥ・ザ・ サークルというワークがあり互いの違いと共通点を確認します。次に子供たちが自分の意見と相手の意見を大切にしながら「約束」を作るワークもしました。
物語について話し合うワークなどもあります。物事を判断する目を養うストーリーになっています。システム思考のワークでは「どんな要素があったらうまくいくか?」という問いに対して、いろいろな要素がでてきました。そこから社会の繋がりについても学びました。
2学期に入り、 感情と感覚についてのワークをしました。子供たちが自分の気持ちや感覚に少しずつ敏感になっていくのを感じています。
子どもたちの思考の枠組み、行動を見る目を養っていく体験プログラムになっていると思います」

感情と身体感覚の発達

今回のテーマ、身体感覚から広がる新しい世界との繋がり方について少しお話をしていただけますか?

藤野:「私たちが世界とつながりコミュニケーションをする際に重要な要素の一つが身体感覚だと思っています。例えば、目の前の相手に何かを言われたり、何かを言ったりするときに、頭で考えて得られる情報だけでなく、そのときに身体で感じている情報も使えるようになれば、より調和のとれたコミュニケーションがとれるのではないかと思います。特に大人になると、頭でばかり考えて、ほとんど身体感覚を感じられなくなるような人もいるように感じます。子どもの場合、僕たちよりもかなり身体感覚に近い世界で生きてるのではないかと思うのですが、そのあたりについて、原田さんは現場でどのようにお感じになりますか?」

原田:「子どもたちを見ていて個人差がすごくあると思っています。1年生から4年生ぐらいまでは感情に無自覚な状態からだんだん気づき始める時期なのかと思います。まだ怒っていることを感じずに、怒りに支配されている状態の子がいたりします。ただ3,4年生になると自覚的になり、意識を向けることができる子が増えてくるように感じます。SEEラーニングを始めてから、感情に気づくことができるようになったり、そこからの行動を選ぶことができるようになる子が出てくるようになりました」

藤野:「イライラしているときには身体のどこかが熱くなっていたり、寂しいときにはどこかがきゅっとなっていたりというように、感情と身体感覚は何らかの関係があると考えられています。感情だけでなく、身体感覚自体に意識が向いている子どもたちはいますか?」
 
原田: 「自然には難しいと思います。こちらから何らかの働きかけがあって向き合うようになれると思います。無自覚的に身体感覚は感じているんだろうけど、意識を向けようとすることで自覚的に身体感覚を感じられるようになる子が多いと思います」

藤野:「子どもの間に身体感覚に馴染んでおくことはとても大切なことだと思います。また、身体感覚を感じた時に、それがどういう感情と結びついているのかをラベル付けできるようになることも大切です。自分がどのような感情状態かわからないとどう対処していいかもわからないためです。そのため、親や先生が子どもと関わる際に、感情や身体感覚を丁寧に分類して対応づけてあげることが大切になると思います。なかなかそれができない時には、絵本なんかもすごくいいと思います。絵本では、親がそばにいる守られた空間の中で、様々な身体感覚を疑似体験できます。そして、それがストーリーに沿ったどのような感情と結びついているかがわかりやすくなっているためです。SEEラーニングで行われるロールプレイも同じような効果があると思っています」

身体感覚を味わう実践ワーク

身体感覚を味わうワーク

この後、その場で身体感覚を味わうワークを実践し、ほんの少し動くだけでも様々な身体感覚が生じていたり、深呼吸をするだけでも様々な感情や身体感覚が生じていたり、頭の中にイメージを思い浮かべるだけでも様々な身体感覚が生じることを味わいました。そして、最後に、自分にとって大切なものを思い浮かべることで、自分自身で、自分の感情や身体感覚を作り出せることを実感することができました。

トークセッションの終わりに

これからの教育に可能性を感じるような最前線のお話でした。また学校教育だけでなく企業社会においても必要な時代になってくるのではないかと思います。

最後に、藤野氏、原田氏から一言ずついただきました。

藤野:「あらゆる場面で身体感覚に気づけるようになると、それだけで世界とのコミュニケーションは非常に豊かになると思います。ただし、これは本当に語学学習ぐらいの感覚で身についていく、ものすごく時間のかかることなんです。今日やったから明日からもうビンビンに感じるというより、10年続けていたら、10年前よりはわかるようになっていたぐらいの感覚だと思います。まずは親や先生たち自身が実践しながら、そこに重要性があることに気づき始めたら、そのことが自然と子どもたちにも伝わっていき、子どもたちも自然とそこに注意を向けてくれるのではないかと思っています。今日はありがとうございました」

原田:「今日はお話を聞いていただきありがとうございました、 実践をして1学期しか経っていませんが、自分自身が学ぶことが多く、このような学びをしてこなかったということに気づきました。大人が変化していくことが子どもたちにとってもすごく重要だと思います。またいろいろな成果をこういう場で皆さんにお伝えできたらと思います。ありがとうございました」

藤野さん、原田さん、ありがとうございました。

今後、Zen2.0でも子どもに対して禅に触れる機会を作っていきたいと考えています。

2023.12.23(text by Naomi Fujimori)

<Zen2.0 公式Webサイト>
https://www.zen20.jp/