【短編小説】人生ログアウト
友達との会話に詰まると、インスタを開く。
ここ数年はそれが当たり前になってきた。
このカフェに入って、もう20分ほど経つ。
話がひと段落したところで、僕はスマホに目を落とした。
顔認証でロックを解除し、インスタのアイコンをタップする。
「あれ」
思わず声が出た。
なぜか、ログアウトされている。
「どしたの」
急に声を出した僕の顔を、友人が覗き込んだ。
「いや、インスタがログアウトされててさ。
自分でやった記憶ないんだよな」
「へー」
友人は醒めた表情を浮かべている。
なんだ、冷たい奴。
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カフェを出て友人と別れた後、彼女に連絡を取ろうと再びスマホを開いた。
「えっ!?」
今度は、LINEがログアウトされている。
どういうことだ。
パスワードは間違っていないはず。
打ち間違いのないように、慎重にタップする。
しかし、何度試してもログインできない。
「マジかよ」
アカウントの乗っ取りか?
でも、2つのSNSが同時に乗っ取られるなんてことあるだろうか。
パスワードは別にしてあるし。
…どこに相談すればいいんだろう。
途方に暮れた時は、とりあえずWEB検索だ。
そう思った時。
「うわっ!」
太ももの辺りから振動に続いて声がした。
足元に5歳ぐらいの子供がぶつかってきたのだ。
スマホを見過ぎて、存在に全然気付いていなかった。
「気をつけろよ」
イライラして、口が悪くなってしまった。
歩きスマホしていた僕も悪いけど。
「…ごめんなさい」
シュンとした様子の子供。
…なんだか、居心地が悪い。
僕は、足早にその場を後にした。
————————————————————
公園のベンチに腰掛け、一息つく。
早速Google先生に頼るとしよう。
『sns 乗っ取り 対処法』
すると、参考になりそうな記事がヒットした。
まずはこれをやらないと。
僕はTwitterのアイコンをタップした。
「…マジかよ」
やられた。
もうログアウトされている。
しばらく使っていなかったFacebookやカカオトークも、もれなくログアウトされていた。
記憶しているパスワードを何回入れてもログインできない。
「最悪だ…」
どうすればいいんだ。
途方にくれた僕は、再びスマホに目を落とした。
「え!?」
スマホの電源が落ちている。
そんなバカな。
さっき見たとき、まだ6割ぐらいは残っていたはず。
…一旦落ち着こう。
僕は、震える手でポケットのライターを探った。
よかった、これはまだちゃんとある。
タバコに火をつける。
一体何が起こっているんだ。
乗っ取り?イタズラ?ストーカー?
色んな可能性が頭をよぎっては消える。
人にそこまで恨みを買ったような覚えはない。
「…帰るか、とりあえず」
もう時間も時間だ。
まずは落ち着いて先を考えよう。
そう決意した僕は、タバコを地面に捨てて帰路についた。
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家の前に着いた頃には、もう空が暗くなっていた。
自室にはPCもある。
この後のことは、それを見ながら考えればいい。
ポケットから家の鍵を取り出し、鍵穴に挿した。
「…え?」
鍵が、回らない。
なんでだ?今朝までは普通に使えたのに。
「なんで…なんで…」
鍵を動かしても、一向に回る感覚がない。
「すみません、そこ僕のうちなんですけど」
声をかけられ、振り向く。
そこには、僕とまったく同じ顔の男が立っていた。
「…は?」
まるで鏡を見ているような違和感。
頭が、目の前にある現実を強烈に否定していた。
意味がわからない。
「それに、その鍵じゃ開かないですよ。
もう、この家もロックされてますし」
「…何言ってんだ、お前?」
どうにか言葉を絞り出す。
異様に喉が渇いている。
「SNS、携帯、家。
どれも、もうログインできないってことです。
あなたを歓迎していないから。」
「どういうことだよ。意味わかんねえよ!」
普段怒り慣れていないから、声が裏返る。
そんなくだらないことが気になった。
「身に覚え、ありませんか?
エラーを繰り返すと、パスワードはロックされるんですよ」
身に、覚え。
「今日だけでも、友達との会話をないがしろにして。子供を怒鳴って。タバコをポイ捨てしましたよね」
「そんなことで…?」
「一回だったら”そんなこと”で済むかもですが。
あなたは、そんな毎日をもう何年も繰り返してますよね?
どんなものでも、エラーを繰り返すとパスワードがロックされてしまう。
それを身をもって知ってください。
あなたの人生は、もうそろそろ全てログアウトされますから」
そう言って、僕と同じ顔をした男は鍵を取り出した。
ガチャ
音を上げ、家の扉が開く。
「ただいま」
そう言い残して、彼は家の中に消えていった。
その姿を見て、ふと合点がいった。
そうか。
この世界は、もう僕を必要としていないんだな。
自分が、ゆっくりと闇に溶けていくのを感じた。
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