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葡萄

この道か
忘れてしまった喫茶店
思い出せない クリームソーダ
変わらない 駅から続く細道で
誰かがきっと あの角を曲がる

空ばかり見て
花ばかり愛でて
言葉ばかりをぞんざいに扱う

届いていますか?
滲んだ文字も 日やけた紙も
消えたインクも 動かない時計も
折れた鉛筆も 汚れた靴も

湖に捨ててしまう前に私に書きかけの本をください

幕は下りない
拍手はしない
私は行かない
ぶどうの実が成る


先生へ


私は人を「先生」と呼ぶのが嫌いです。

私のことを覚えていますか?

先生が教壇に立っていたあの頃。
私はあの頃の事を全く覚えていないのです。
先生の教室へ行き、毎日毎日何かを話していたのだと思うのですが、何を話したのか、一向に何も思い出せないのです。
何をして過ごしていたのか、何も思い出せないのです。

私は事故に遭ったわけではありません。
記憶がなくなるような病気をしたわけではありません。
ただ、ただ、日々をがむしゃらに生きていたら、多くの事を、
本当に多くの事を忘れてしまいました。

あれから20年。
でも私は、あなたの事は今でも何故か「先生」と呼びます。
何故でしょう?
名前を見つけて、「先生だ!」と思いました。
あの頃、「先生」とは呼んでいないのに。

先生、お元気ですか?
どうやら、変わられたようですね。
田舎はどうですか?作物を育てることは、向いていますか?
でも、相変わらず書くことはやめていないようで、ホッとしました。

当時、モラトリアム真っ只中の私たちには、先生は先生というよりも過激な活動家で、
少年のようで、少年ではない容姿がすごくチグハグだった。怖かった。

先生、元気ですよね?
変わっていけばいくほど、苦しみから逃れられるって、私信じてますから。
私はこの先もきっと、ずっと、
先生に会うことも話をすることもないでしょう。

でも、ふと懐かしくなって、

あの頃好きだった戯曲が読みたくなりました。
本のタイトルが思い出せなくて、本当に苦労しました。
それでも、見つけられるものですね。
「ひまわり」
昨夜、無事に届きましたよ。

あの頃と変わらない「あとがき」に、変わらず椅子から転げ落ちそうになりました。
先生の本じゃなくて、ごめんね。

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