路線バスに乗って 【約1000字のお話】
人も車もいない、休日の朝。
空き地の前にある、錆び付いたバス停にいるのは私だけ。
右手には線香やライター、135ml缶のビールが入った鞄。左手には仏花を2束抱え、ぼんやり突っ立ていた。
昨日夜更かししすぎたからか、睡魔がすごい。しかし降りるのは終点だ。最悪寝てしまっても大丈夫だろう。
*******
バスが到着し、整理券を取って席を探す。しかしこのとき、車内の異様な空気に気づいた。
まず、この時間帯ではありえないくらい混んでいる、というか満席だ。そしてなにより、老若男女等しく、無表情で前を向いているのである。
団体客用バス……? と焦って下車しようとしたとき、プシューと音をたてて扉が閉まり、走り出してしまった。
『次は、◯◯通り、◯◯通りでございます』
とりあえず早く出ようと降車ボタンを押し、早足で最前列へ向かい、吊革を握った。
*******
「お客さん、どこまで行かれる予定でしたか」
不意に、目の前にいる運転手が声をかけてきた。
「ああ、いや、次で降りますから……通常運行のバスだと勘違いして乗ってしまいまして」
そう口ごもりながら答えると、
「いえいえ、これは通常運行のバスですよ。それで、”当初” の目的地はどちらですか」
と、飄々とした口ぶりで聞いてきた。
「え……」
全てが想定外のことで、次の言葉が見つからない。その隙に◯◯通りは通過され、新たなアナウンスが流れだす。
次のバス停だと言う? でも、どうせ見透かされそうだし……
数秒迷ったあと、
「あの、終点なんですけど」
正直に言うことにした。
*******
「はい、かしこまりました」
運転手はそれから何も言わず、バスを走らせた。
終点までは、いくつもバス停が残っている。しかし、最初の私以降、1度も降車ボタンは鳴っていない。私は耐えかねて何度かこっそり後ろを振り向いたが、座席を埋め尽くす乗客らは、同じ姿勢、無表情のままだった。
……ヤバいバスに乗ってしまったらしい。終点まで止まらなかったら。そこは墓地しかないのだ。花を持っている人もいなさそうだし、微動だにしないし。これはもしかして、そういうことなんじゃないか。
『次は終点、△△墓地前、△△墓地前でございます』
いよいよ、ここから出られる……よね。乗る前の眠気など、どこかへ吹っ飛んでしまっていた。
*******
30分ぶりにバスが停車し、私は急いで整理券を運賃箱に入れる。しかし、事前に小銭の確認をするのをすっかり忘れていた。私はあたふたしながらお札を両替機に入れる――
普通だったら後ろに列ができてもおかしくない。なのに今、誰も動いている気配が無いのである。私は考えることをやめ、急いで支払いを済ませた。すると運転手が小さなチラシを差し出してきた。
「巻き込んじゃってごめんね
よかったら今度参加してください」
私はお礼もそこそこに、転がるようにバスを降りた。
プシューという音を後ろで聞きながら、もらったばかりのチラシに目を落とす。
”静かに乗るだけ・路線バスツアー
〜賑やかな日常に疲れたあなたに〜”
……紛らわしい。私は全身の力が抜けるのを感じながら、のろのろと墓地へと歩きだした。
今度、参加してみようかな……。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます(*‘ω‘ *) よかったらスキ・コメント・フォローをお願いします! もしもサポートをいただけるのなら、私が気になっていた食事やおやつを食べる金額に充てさせていただき、記事にしようと思っています✏