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推しテレビ 【ショートショート】


私は、やや緊張の面持ちで家電量販店のドアをくぐった。なぜなら、テレビを買うという使命があるからである。


前日の夜、急にテレビがつかなくなった。説明書とテレビそれぞれとにらめっこした結果、絶望的な状況であることがわかった。しかし翌日の夜にどうしても見たい番組がある。ということで翌日、超特急で貯金をおろし、開店直後の家電量販店を訪れることにしたのである。


無知で乗り込むのもよくないかと、一応ネットで「テレビ おすすめ」と調べてみた。しかし、液晶と有機EL、4K対応と4Kチューナー対応の違いで目が滑り始め、立体的だの滑らかだのもピンとこず、そもそもメーカーがたくさんあって全部良く見える。これはもう、無理だ。


早々に諦めた私は、サイズとだいたいの予算だけを決め、あとはその道のプロに委ねることにした。詳しい人が出勤していることを願って……。


*****

テレビコーナーに着いた。当たり前だがテレビがいっぱいある。大きな画面に大きく人が写り、酔いそうなくらいだ。

すぐに、「テレビをお探しですか」と話しかけられた。若くてスラッとした、快活そうな男性である。私は彼に望みを託して、サイズと予算を伝えた。すると店員は「でしたら……」とすぐにいくつかのテレビをピックアップし、メリットとデメリットを挙げながら解説してくれた。このお兄さん、すごくやり手なのでは。


一通り話し終えたころ、店員は「ところで」と話の向きを変えた。

「お客様、”推し” っていらっしゃいますか?」

「え?」

「好きな芸能人やキャラクターです。いたりしませんか」


思いがけない問いに驚いたが、推しはいる。某アイドルグループのメンバーで、デビュー前からずっと応援している。


「でしたら、この機種もおすすめです。うちにしか置いていない、超限定品なんですよ」そう言って店員が指したのは、何の変哲もなさそうな黒の長方形だった。しかし商品名を見てみると〈推しテレビ〉と書いてある。

「あっ、これって去年くらいから話題になってた」

「ご存知でしたか。ありがとうございます! 改めてご説明いたしますと、推しが出ている番組を全て見れるテレビです。地上波もBSもCSも、さらにはTverやユーネクストなんかもいけます」

店員は過去イチのスマイルを浮かべている。やはり自社製品は嬉しいのだろうか。


「でもそれって」私は前々から気になっていた疑問をぶつけてみた。「事前にそれぞれ契約するってことですよね?」


「いえ、このテレビの場合は不要です。こちらで特別な契約を結んでいるので、ご利用者様は推しの設定をしていただくだけで結構です」そして、少し申し訳なさそうな表情になって続けた。

「もちろんデメリットもございまして、他のテレビよりも多少値が張ってしまうというのと、”推し” が出演している番組以外は視聴できず、”推し” の再設定もできません」



その後も詳しい説明を受け、私はどんどん興味を惹かれていった。今まで地上波しか見れず、悔しい思いをよくしていた。しかし、他のチャンネルを契約するとなると推し以外の番組も見ないと割に合わないし、そもそも懐事情的に無理な話だった。


しかし、これに関しては初期費用しかかからない。その分高いし見れる番組も限られるが、推し関係以外の番組はほぼ見ないし、全部を契約することを考えるとお得とすら思える。

結局、予定していたサイズよりも小さめにするという足掻きを見せつつ、それでも予算オーバーのテレビを購入したのだった。


推しテレビは期待通り、いや期待以上の生活を提供してくれた。

今まで諦めていたBS番組も見れるし、見に行けなかった出演舞台も奇跡的にCSで独占放送してくれた。テレビが故障していなかったら「あのとき、仕事休めばよかった!」と永遠に悔やんでいたことだろう。いや、生の舞台には勝てないからやっぱり休むべきだったのだけど。


そして店員の言うとおり、初期費用以外に加算されることもない。不思議だが、現実に起きていることなのだ。普段からテレビを見るわけではない私にとって、このテレビは今までで最も相性が良かった。



*****

それからしばらくした頃、友人が泊りがけで遊びにやってきた。彼女は大学の同級生で、互いに就職して住む場所も遠くなってしまったが、今回は有給をとって旅行がてら来てくれたらしい。


家でお酒を飲みつつ鍋を2人で囲んでいると、彼女が突然「あ!」と叫んだ。

「どうしたの?」と聞くと、みるみるうちに顔が青ざめていった。

「……今日のテレビ、録画してくるの忘れた。絶対、永久保存版だったのに」

「それはそれは……ご愁傷様です」

表情と声色でわかる。きっと彼女の”推し” が大活躍する番組だったのだろう。彼女は私よりも推しに対する熱意が高い。抽選に当たりさえすれば全国どこにだって行くし、「私の口座は推しのものだから」という名言(?)でおなじみの猛者なのだ。


彼女はしばらくの間、両手で顔を覆ったり、うめき声をあげたり、その場でじたばたと体を揺らしたりもした。一方私も冷蔵庫から彼女の好きなアセロラジュースを持ってきてグラスについだり、気休め程度にしかならないであろう慰めの言葉を絶えずかけたり、終いには揺れ続ける彼女を抱きしめたりもした。


やっと落ちついたらしく、彼女はアセロラジュースを一口飲んだ。するとまた突然「あ!」と叫んだ。しかし、さっきとは微妙に異なっていて、希望に満ちた響きをしていた。

「あのさ、申し訳ないんだけど、録画してもらえないかな? それで今度ディスク送るから、それに入れてほしいの」その瞳は、捨てられた子犬の目のようだった。


一方私は、その子犬を下校中に見つけるも、親が厳しくて拾えない子どもの表情になっていただろう。彼女が暴れているときから気づいていたが、言い出せなかった。「録画」というワードを思いつかないで、と願ってさえいた。


「ごめん、このテレビ、録画できないの」

「ええっ……じゃ、じゃあ、せめて今リアルタイムで見せて! 肉眼で焼きつけるから!」必死な表情が、さらに私の心をえぐる。このテレビの欠点、ここで知りたくなかった。

「ごめん、それも無理なんだよね」

「なんで!?」

「このテレビ、”推しテレビ” だから……」


すると彼女はハッとした顔をして、私を凝視した。

「買ったんだ……」

「ということは、やっぱりこのテレビの存在は知ってるんだね」

「発売当日に買ったから」


さすがの一言である。しかし、その間も彼女の視線は動かぬまま。私も動くに動けず、じっと彼女の顔を見つめる。そのまま数秒が経過した。

すると不意に彼女は目をそらし、何もない場所を見つめだした。頭の中で何かを探しているのだろうか。


彼女は首を軽く傾け、自信なさげな顔で呟いた。


「それ、君の推しも出てるんじゃないかな……」

「えっ!!!???」



一気にボルテージが上がったからか、そこからの記憶はおぼろげである。しかし、リモコンが飛ぶさまと彼女の号泣した顔、そして番組表に付いた赤い録画マークは、1ヶ月経った今もしっかり脳裏に焼き付いている。



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