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睡眠の向こう側

暇さえあれば寝ていた時期があった。睡眠を貪ることを何よりもの至上命題としていたので、休日など、睡眠欲とよく並んで扱われる食欲や性欲との関係は誇張表現じゃなく98:1:1の割合だった。寝ていれば腹が減るが、その空腹を満たす時間すら惜しく、寝れば空腹など忘れる。それでもちょっとくらいエッチなことは考えてしまうが。しかしながら自分の欲求ぐらいコントロールできずしてなにが人間か。そんなことを考えていた私は睡眠に支配された愚かな人間であった。
昔から私は睡眠に関しては地元じゃ負け知らず状態であった。学生時代、遠く離れた地に下宿している友人宅へ遊びに行った時も、およそ人間が住むとは思えない劣悪な環境(男子学生の一人暮らしはえてしてそんなものである)であったにもかかわらず、私だけ寝ることができた。他の友人たちはやれ腰が痛い、頭が痛い、臭気が激しいなどと口々に愚痴をこぼす中、私だけ爆眠である。この時ばかりは生まれ持った睡眠の才に感謝した。
しかしながら、そんな私の睡眠王者としてのテリトリーを脅かす存在に最近出逢った。彼の偉業はシンプルだった。
25時間、一度も起きずに寝続けた、というのだ。

本当だろうか?いくらなんでも作り話ではないか?そんな疑念を抱きながら話を掘り下げてみると、どうやら嘘でもないらしい。そもそも彼の人柄は日ごろからよく知っている。そんなしょうもない嘘をつくってマウントをとってくるようなイカれた下衆ではない。本当の話を、ありのままに話す男なのである。
彼が言うには、それは学生時代の出来事らしい。早めに講義が終わり、15時頃に下宿先に帰った彼は、いつものように昼寝にいそしむことにしたらしい。1時間程度寝ようと思ったが、しっかり目に寝たいと思い、ベッドに寝転んだ。ほどなくして彼は眠りにつき、目を覚ますと16時過ぎだった。予定通り1時間の昼寝に成功し、ふと携帯をみると、バイト先からの着信が10件以上入っている。不審に思い折り返してみると、どうやらバイトのシフトに入っていたのに来なかったことから電話が来たたしい。いや、今日は自分のシフトではない、明日の午前のはずだ。と思った彼はその旨を説明するがどうも電話口の店長と話が合わない。しかも「今朝のシフト」などという不穏なワードが聞こえてくる。思案を重ねた彼はついに言った。

「あの…今って何月何日ですか?」

さながらタイムトラベラーである。結果、彼は気が付いた。ほぼ丸一日寝ていたことに。

実際に彼は人生における1日を無意識で過ごしていたのだから、1日先にワープしたのとほぼ同義である。実質これはタイムトラベルをしたのと同じではないだろうか。要するに彼はタイムトラベラーであり、私はタイムトラベラーから話を聞いた令和初の人間であるということだ。睡眠の先の世界を見た彼が、それ以来愛用の自転車をデロリアンと名付けていることにややウケした私は、規則正しい生活の大切さを改めて実感したのであった。

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