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バックパッカーズ・ゲストハウス㊾「エサを付けなければ釣れるわけない」

 前回のあらすじ:親友の龍と釣り堀に行く約束をしていたが、待ち合わせ場所に現れた彼の顔色はメチャクチャに悪かった。聞くと前日に、成り行きでリストカットをしたらしい。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 私はこの話を聞いてまず、なんでたまたま鞄の中に、糊とカッターナイフが入っているのか気になったが、「なにを工作」したのか聞くよりも、一般常識として、傷の心配と、釣りではなく病院に行くべきじゃないかと提案した。

「病院行こうかと思ったけど、せっかく約束してるし、とりあえず先に釣りに行くことにした」と彼は言った。

 本人が病院ではなく釣りに行くと決めたなら、否定することはない。そうしよう。それが私達のスタイルだった。
 元々変わったヤツだし、ヤバいヤツに憧れるクセみたいなものがあった。そのせいで麻痺していて、この時の龍が特別病んでいることに私は気づかなかった。普通に二人で釣り堀に行き、

「竿を持っているだけで痛いから、魚が掛かったら耐えれんかもしらん」と怯える龍の横で、私だけ何匹か魚を釣り上げた。

 見るからに素人の私達を気にして、釣り堀のおばちゃんが途中で様子を見に来てくれた。龍が竿を引き上げたときに、食われるか流されるかして、針にエサが付いていないのを見ると、デカい声で、

「あんたエサ付いてないじゃない! エサ付けないと釣れるわけないでしょ!」と叱った。
 龍は笑いを堪えながら、「もっと小さい声で言って欲しかった」とつぶやいた。

 釣り堀を出た後に、喫茶店で軽食とコーヒーを飲んで別れた。別れ際、
「やっぱり痛いから、ちゃんと病院に行く」と龍は言った。

 それから数日ほどして、
「龍の行方が誰にも分からない」と彼の仕事場のホスト、ナガノから電話が掛かって来た。俗にいう、「飛んだ」という状態で、ホストが仕事を辞めるときは大抵飛ぶもんだが、大きな店で売れていた龍は、「じゃあしょうがない」で済ませれるものでもなく、必死で探しているそうだった。

 それを聞いた私が、試しに龍の携帯に電話を掛けてみると、すんなり繋がった。ナガノから電話があったことを伝えると、

「そうなんよ。辞めるっていってもどうせ、引き止められたり、何ヶ月か拘束されるから面倒くさくて、もう勝手に辞めたんよ」と言った。声は元気そうだった。龍に、
「俺とは連絡は取れない。なにも知らないで通してくれ」と言われたので、私はその通りにした。

 店からしてみれば、月に四百売り上げる従業員が突然いなくなり、龍がパンクと付き合う前に一緒に住んでいた女からしてみれば、毎月二百万持って帰ってくる相手がいなくなり、大問題だったので、共闘してなんとか行き先を見つけようと必死だった。みんな私と龍の仲の良さを知っていたので、色んなヤツから何度も電話が掛かって来た。その度に私はすっとぼけ、相手は私がなにか知っていると疑いを残したまま、

「もし連絡が取れるようなことがあれば伝えて欲しい」と言付けを頼んで電話を切った。

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