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バックパッカーズ・ゲストハウス㊽「八王子で飲むということ」

 前回のあらすじ:上野をぶらぶらしている時にモルモン教徒ブライセンに話しかけられた。彼は私が被っていた、イオンの紳士服売り場で買ったハットのことを、「格好いいですね」と褒めてくれた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 その内に、バイト帰りにわざと手前の駅で降りて、散歩ついでに歩いて帰ることをするようになった。終電に近い電車で帰ったときに、御茶ノ水か水道橋の駅前で、降りてくる乗客に向って、タクシーの運転手が、
「千葉方面。千葉方面の方いませんか」などと呼びかけていた。初めて見る光景だった。たぶん千葉から長距離の客を乗せて東京まで出てきたタクシーが、営業終了に合わせて帰るのに、どうせなら同じ方向に行きたい客を乗せて帰ろうということなのだろうと察したが、田舎ではまず見ない光景だった。

 電車で秋葉原から新宿へ向うと、途中で釣り堀が見える。何となく気になっていたので、ある日、龍から、「明日休みなら、釣り堀に行こう」と誘われたのはちょうど良かった。

 翌日、昼過ぎに新宿駅の東南口広場で待ち合わせた。私も龍も時間にタイトな方では無くて、大体どちらかが遅刻した。十分二十分の待ちぼうけなら大したことなくて、三十分までならムカつくこともなかった。しかし、この日龍は一時間遅刻してきて、「さすがに遅ぇな」とイラだったが、現れた彼の顔を見て、怒りは消えた。明らかに異常な青さだった。

 当の龍は、「お待たせ」と何事もないかのように軽く手を挙げて言った。
「なんかめっちゃ顔色悪いけど、大丈夫なん?」と私が言うと、彼はニヤリとしながら、
「昨日ちょっとやっちゃって」といい、左の手首に不器用な感じで貼ったガーゼをめくって私に見せた。

 骨が見えていた。私が顔をしかめたのを見て、彼はなぜか満足そうだった。

 昨日の晩、パンクな女の地元である八王子で飲んでいたらしい。そこでパンクと、ちょっとした口論になり、龍はその場を飛び出した。カッカッしながら、その辺にある看板や自転車を転かしたり、投げたりしながら歩いていると、気づけば、地元の不良に囲まれていたそうだ。

 龍が言うには、東京でも八王子とかになると、不良のタイプが愛媛と変わらず、田舎のヤンキーといった感じになるらしい。

「おめぇ、なにやってんだよ」と至極真っ当なことをいう不良達に詰め寄られた龍は、「田舎のヤンキーは都会的なクレイジーなヤツに弱い」という持論を応用して撃退しようと、たまたま鞄の中に糊とカッターナイフが入っていたので、カッターで自分の手首を掻き切って見せた後に、「次は誰がやる」と不良にカッターを渡したらしい。不良達は驚いて、

「おいお前なにやってんだよ! 大丈夫かよ!」と龍のことを心配し病院に連れて行こうとしたそうだ。

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