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バックパッカーズ・ゲストハウス(56)「スクリーミング・フライング・モンキー」

前回のあらすじ:龍虎対峙するかの如くゲストハウスの三階で同居する二人の奇人藤沢と久米。しかし、両雄並び立たず。やがて藤沢は自らの失態により五階へと移動していく。三階に平和が訪れたのも束の間、空いたベッドには新たな奇人が入居してきた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 塚田というその男は、水木しげるが描くようなテイストの顔立ちで男前ではなかったが、いで立ちと言葉からキザなヤツなんだなと思った。しかし実際には入居したばっかりで舐められないように気を張っていただけで、お馬鹿で陽気な奴だった。

 当時私は、なにも設計のない人生について聞かれた時に、臆面もなく、「小説家になる」なんて言うことがあった。バイトしながら競輪をやっているときに、一生このままの生活が続けばいいなと思うことがあったが、それよりも、小説家志望の方がいくらか馬鹿に思われない気がした。
 ゲストハウスで誰かに何かの拍子に小説の話をして、それを又聞きした塚田が、

「小説を書くのか!?」と興奮気味に聞いてきた。
 私が、「そうだ」と答えると、彼は、「自分も書く」と言い、それで、私は一冊だけ持ってきていた過去に手作りした冊子を彼に貸し、彼は自分の小説を投稿したサイトのURLを私のメールアドレスに送った。それで仲良くなった。

 純文学風の古くさい文体でSF調の訳の分らないことを書いた彼の作品は、私には難しすぎたが、ふざけているというのだけは伝わってきた。大まじめなトーンでふざけたい。そういう男だった。

 電気街には沢山ガラクタが売っている。そこで私は、「ちょっと壊れたスクリーミング・フライング・モンキー」というサルのぬいぐるみがカゴに積まれているのを見つけた。腕の部分がゴムになっていて、パチンコの要領で飛ばすことが出来るのでフライング。頭の部分にスイッチが埋め込まれていて、飛んでいってどこかに当たった拍子に、「うっきゃー」と鳴くのでスクリーミング。ちょっと壊れたというのは、頭のスイッチがうまく調整できていなくて、過敏に反応した。ただ持っただけでも、「うっきゃー」と結構なボリュームで鳴いた。

 一体三〇〇円だったが、買えば買うほど安くなるという売り方で、三体目以降はひとつ五〇円だった。私はそれを大量に買って帰った。ベッドに置いていると私が寝返りを打っただけでも鳴くので、ロッカーの中に詰め込んだが、他の住人がロッカーを開け閉めする振動だけでも鳴いた。一匹が鳴き出すと、同調するように他のサルたちも鳴きだした。それを可愛いと思うのは私だけで、うるさいとみんな文句を言った。仕方がないので私は、サルたちを、「預かっておいてくれ」と、やり取りしていた手紙を送るときに、ゆうパックで彼女に送りつけた。サルたちはダンボールの中でも鳴いていた。

 塚田は同じように電気街をほっつき歩いても、私みたいに分かりやすいガラクタには手を出さない。
「すごく便利なものを見つけたよ」とペットボトルをぶら下げられるカラビナを腰から下げ、釣り竿をうんと小さくしたような自家発電で携帯を充電できるガラクタを見せてくれた。それで真面目な顔して携帯を充電しながら、疲れたらカラビナに吊るしたお茶を飲んで休んだ。それが塚田の面白いのセンスだった。

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