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『パーラー・ボーイ君』Vol.2「ビーフ・チキン君 財布を拾う」



 パーラー・ボーイ君たちが、スプリングセールで買ってもらった新しい服を着て遊んでいます。
 ハラルド君が、
「ボク、ゴールデンウイークはDeutschland(ドイツ)に里帰りするんだ」
 と言うと、ラロッカちゃんは、
「アタシはおじいちゃんにディズニーランドへ連れて行ってもらうの」
 と言いました。
「パーラー・ボーイ君は、どこ行くの?」
 ラロッカちゃんに聞かれましたが、パーラー・ボーイ君は今晩の献立よりも先のことは把握できません。
 わらってクビをかしげました。

 春は衣替えと行楽のシーズンです。
 しかし、ビーフ・チキン君には新しい服も旅行も関係ありません。なぜなら、ビーフ・チキン君の家はビンボーだからです。
 ビーフ・チキン君は、いつもヨレヨレのシャツを着ていますし、ゴールデンウイークだからといって、どこかに遊びに行く予定もありません。
 けれど、ビーフ・チキン君はそんなことちっとも気にしていません。
 しかし、ビーフ・チキン君の親は違います。子供に良い格好をさせたいし、たまの休みには人並みに遊びに連れて行ってやりたいと思いますが、なかなかそうもいきません。
「ゴメンね、ビーフ・チキン。いつか思いっきり贅沢させてあげるからね」
 心の中でそう言いながら、ビーフ・チキン君のお母さんは今日も一生懸命、宝くじの当選番号を調べます

 大型連休初日だと、世間が浮かれている日に、ビーフ・チキン君のお母さんは風邪を引いて熱を出してしまいました。
 熱じたいは、そんなに大したことないのですが、いかんせん2人目を妊娠中の身重のからだなので大事をとって、その日は一日寝ていることにしました。
 すると、せっかくの連休中になにも予定がなくヒマをもてあましていた、お父さんが俄然ハリキリだして「家のことは俺に任せろ!」と、朝から掃除、洗濯、冷凍庫の霜取りに大忙しです。ビーフ・チキン君もそれを一生懸命手伝います。

 夕方になると、ビーフ・チキン君とお父さんは2人で近所の大型スーパーへ買出しに出かけました。
「ママレモン買わなくっちゃ♪」
 ついついオカマ口調になりながら、2人は仲良く夕飯の食材や、洗剤などの生活用品なんかを買い揃えました。

 帰りがけにフードコートの前を通りかかったときに「ハーゲンダッツ」の看板が目に入ると、ビーフ・チキン君は一瞬、欲しそうに見つめました。
 お父さんがそれに気づいて、
「寄って行くか?」
 と言います。
 ビーフ家では、このての贅沢は滅多にありません。けどビーフ・チキン君は家の用事をよく手伝ってくれたし、ゴールデンウィークだというのに何もしてあげられないので、今日は特別です。
「いいの!?」
 ビーフ・チキン君は嬉しそうに顔を輝かせました。

 ☆

 ミントクッキーのアイスを受け取るビーフ・チキン君のヨコで、お父さんは財布を出そうと、右のポッケに手を入れました。
 しかし、中にあるはずの財布がありません。
 お父さんは慌てて、ほかのポケットをさぐりますが、そこにも財布はありません。出てくる物といえば綿ボコリぐらいのものです。
 その様子を見ていて、状況を察したビーフ・チキン君は、お父さんが、
「あれ・・・・・・、おかしいな、サイフが・・・・・・」
 と言った瞬間に、“ガブッ”と一口で、手にしていたアイスを全部食べきりました。そうすれば、もうアイスを取り上げられる心配はありません。

 事情を知った、ハーゲンダッツの店員さんが、お父さんとビーフ・チキン君のことを、スーパーのサービスカウンターまで連れていって状況を説明すると、スーパーの店員さんは、
「サイフの落し物ありますよ。コレですか?」
 と、黒いブランド物の財布をだしました。明らかに、お父さんの財布とは別のものです。
 しかし、長年、貧困という修羅場をくぐり抜けてきたお父さんは、さすがに、こういったチャンスを逃しません。
「そう! それです!!」
 と即答しました。
 ビーフ・チキン君は、“エエーッ!!”と驚愕の表情でお父さんを見つめます。

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 お父さんは財布を受けとってビックリ。ズッシリとした重みがあり、中には100ドル札がギッシリと詰まっているのが見えます。
 お父さんは心臓が止まりそうになるほど、ドキドキしているのを必死で隠し、何食わぬ顔でアイスの代金を払うと、店員にお礼を言い、そそくさと帰っていきました。

 家に帰ると、お父さんは買ってきた食料をほっぽりだし、しんどくて寝ているお母さんに、
「ごはん食べにいくぞ!!」
 と興奮気味に言いました。 
 お母さんは冷静に、
「なに言ってんの、そんなお金ないでしょ」
 と言いましたが、お父さんが、「拾った!」と財布を出すと、飛び起きてお父さんと一緒に財布の中身を数えはじめました。

 数えてみると、財布の中には100ドル札が20枚、ほかのお札や小銭を合わせると、全部で3500ドルも入っていました。
 おまけに、お母さんはブランドの財布を見て、
「これを質屋に持っていけば50ドルぐらいにはなるわ」
 と、ぬかりがありません。

 ビーフ・チキン君の住む家は、トレーラーハウスといっても、廃車になったバスを改良して使っているタイプなので、実際に走らすことは出来ません。
 なので、隣に住むノーマンさんにクルマを借りて、3人は郊外のショッピングモールまで出かけました。

 ビーフ家はまず、家族向けのレストランでディナーを食べることにしました。
 金額のことを気にせずに、食べたいものを好きに選ぶのは、ビーフ・チキン君にとって初めての経験です。
 ビーフ・チキン君だけでなく、お父さんもお母さんも調子に乗って、ついつい頼み過ぎてしまい、テーブルの上はオーダーで一杯です。
「こんなに食べられないよー」
 と言いながらも、そこは日頃、質素な食卓しか囲んでいない身の上です。貧乏性なので、吐きそうになりながらも無理して全部食べきりました。
 ビーフ・チキン君はデザートのアイスクリームを食べながら、(一日に2回もアイスクリームが食べられるなんて、今日はホント夢のような日だなぁ)と感慨深げです。

 夕飯を食べ終えると3人は、ビーフ・チキン君の服を買い揃えるために、モールの中をまわります。
 帽子やらシャツやらはお父さんと、お母さんが選んでくれましたが、クツに関してはビーフ・チキン君が前からあこがれている物があるので自分で選びます。
 メジャーリーグで活躍する強打者、グレゴリアン・ジャスパーがスポンサー契約していて、CMにも出演しているナイキのクツが欲しいのです。
「勝ちたかったらコレを履け! 勝ちたかったらコレを履け!」
 ジャスパーと同じクツを履いたビーフ・チキン君はCMの文句を真似ながら、弾むように歩きます。
 単純にうかれている様にも見えますが、本当は自分がこんな素敵なクツを履いていることが、何だか少し気恥ずかしい感じがするので、テレているのです。

 ビーフ・チキン君たちはそのあと、お母さんのマタニティーを買い、最後にお父さんのジーンズを買いに行くことにしました。
 ジーンズショップでお父さんは「ブラピ」と同じやつがほしい、とはしゃぎます。お父さんもビーフ・チキン君も少しミーハー気味なのは、成功者に対する憧れ故の行動です。
 
 ジーンズをレジに持っていき、いざお金を払おうとすると、財布を入れたはずのズボンの右ポッケに何も入っていません。
“まさか!”と思いながら、お父さんはアッチコッチのポケットを探りますが、出てくるものといえば糸クズぐらいのものです。
 せっかく拾った財布を無くしたことに気づいたお父さんは、たまらず、
“ぎゃん!!”と悲鳴をあげました。

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