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『嘔吐の花』第二話

前回

 誕生日会が終わった後に、飲み足りなかった私とヒロは二人で飲み直しに出た。家を出る前に、奥さんが一万円札を二枚ヒロに持たせてくれた。

 家を出るとヒロが、嫁と一度離婚していることを教えてくれた。海外の私立高に進学を希望している娘のため、内申点や面接での評価を気にして再婚したのだそうだ。

「愛がないんだ。愛が。ウチには」

 ヒロはそう言ったが、私には、今お邪魔してきた家庭に、愛がないようには到底見えなかった。

 私達が普段まわっている店は、ビール一杯が三百円程度なので、二人で二万は使い切れなかった。使い切る必要もないのだが、酒を残すのも、酒代を余らすのもヒロの美学に反するらしく、それで、彼は仕事仲間の松友さんという中年を呼び出した。

 松友さんは、例の体にいい水を持参して来て、それで焼酎を割って飲んだ。ずっとビールを飲んでいたヒロもそれに倣って、焼酎の胡散臭い水割りに切り替えた。

「この水で割って飲むと、次の日酒が全然残らないんだ」と本気で言う二人の言葉を聞き流して、私はウィスキーとラムを交互にコーラで割って飲み、一杯飲む間に二本タバコを吸った。

「ミックは体に悪いものが好きなんだ」とヒロが嬉しそうに言い、松友さんは、笑顔で頷いた。その姿に、おかしなヤツらだと改めて思った。商売は詐欺まがいだが、二人とも人が良く、健康志向のくせに、ヒロは私の倍、松友さんは三倍のペースで酒を飲んだ。

 飲み屋のBGMで九十年代の洋楽ロックが流れたときに、ヒロが、「良い曲だ」と反応した。ヒロも松友さんも、ロックが不良のものだった時代の音楽には詳しかったが、九十年代音楽は専門外だった。私が曲名とバンドの名前を教えてやると、ヒロは、

「ダメだ、酔っ払っていて覚えられないよ」と言い、肩掛けの鞄から、几帳面に持ち歩いている手帳とペンを取り出して私に渡した。
私はそこへ、酔っ払った文字を書き込んだ。

 何軒かハシゴして、三人とも限界まで飲んだあとに、ヒロが、「最後にテキーラで乾杯しよう」と提案した。私も松友さんも賛成はしなかったが、反対もしなかった。

 三人で閉店間際の立ち飲みに駆け込んで、店員にも奢り、四人で乾杯し店を出た。会計まで含めて、滞在時間は四十秒ほどだった。

 大きな交差点で私は東、ヒロは西、松友さんは北へ向うため解散した。ヒロは別れ際、「ミック。夜は長いけど、人生は短いぜ」とキザなことを言った。


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