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モチベーションの低々人間が読む『人新世の資本論』(私の本棚⑤)

半年ほど前に買って積読本になっていた「人新世の資本論」(著:斎藤幸平)読み終わった。著者の目指す「脱成長コミュニズム」や「参加型社会主義」に対して批判的な意見が思いついたので、記しておく。

1つは、コモンの共同管理の実際について。ハーディンの「コモンズの悲劇」について言及して「起こってるのは『商品の悲劇』だ」と論じているわけだが、「コモンズの悲劇」に関する対処法は記載されておらず、論点をずらしているように見受けられる。「コモンズの悲劇」について「限りある資源を無償にすると利用に歯止めが効かなくなること」として捉えらているが、実際には管理に参加していないものが資源を利用する「フリーライド」の問題も含んでいるはずで、その観点が抜けているように感じる。

言い換えればコモンズを平等に配分するための具体的方策を見つけることの難しさに対する射程が短いということに繋がるだろう。最終章には、バルセロナでの動きや協同組合、市民議会等の可能性に言及しているが、その設計思想は往々にして性善説的なところに寄るものが大きく広範に波及できるものか疑問がある。

人という生き物は面倒くさいほどダイバーシティに満ちているので、管理のシステムなどを作るのも、複数主体の意見調整も大変だ。だから、そのことを前提にして、ガバナンスやマネジメントの観点から、スケール感やシステムも含めたコモンズの設計を行うことや、心のある人間の心理や行動原理にもスポットを当てる議論が必要だろう。しかし、そのコモンズの設計は誰が行うのだ?

管理者を設定するとすぐにピラミッド式の社会主義国家のようになってしまう可能性もある。この困難性が、これまで資本主義の牙城を崩せていない理由の1つであるように感じている。これに対して、概念的ではあるが、ネットワークやブロックチェーンのようなものは有効だろうか。

2点目はクリエイティビティに対するリスペクトの欠如について。著者は、アンドレ・ゴルツの論考を参照し、高度に技術化し外部を犠牲にする原子力発電や火力発電のような技術を「閉鎖的技術」とし、そうではない水力や自然エネルギーを「開放的技術」として分類しているが、果たして水や自然エネルギーは多くの人が理解できる「開放的技術」なのか、というのは疑問だ。

著者がコモンとすべきだろう事例としてあげている水や再生可能エネルギーによる電力、ワクチン等も、これらを利用可能な状態に仕立てる(=開発)にはクリエイティビティが必要であり、そのクリエイティビティに対して、直接的な報酬や特許・著作権という無形資産としての扱いが無ければ、何をインセンティブにするのか、という論点が抜け落ちていると思う。

報酬や対価というと資本主義的になってしまうので、そうではなく何かしらのリスペクト(精神性)に依拠するべきなのだろうが、パッとは思いつかない。

ここまで批判的な目線で見てきたが、そもそも私自身も資本主義の行き詰まりのようなものを感じることはあるし、その打開策として参加型社会主義や脱成長コミュニズムという視点が有効であるということは概念としては素直に受け入れられるところだ。脱成長をダメなものとしてしか見られない、モーレツな会社員や爆速で稼ぐ企業家は勿体ないというか少しかわいそうにも思う。

2点ほど発見のポイントを記しておきたい。1つは『ブランド』否定の議論だ。土地に値段がついているのはおかしいという話は、坂口恭平さんなんかも「現実脱出論」なんかで昔言ってたことだし新鮮味はなかったが、ブランド追求=希少性の獲得が、貧困に繋がるというのは言われてみれば納得した。あらゆるものがコモディティ化する中で「今はブランディングの時代」と持て囃される理由がわかった。

もう1点は問題が「生活様式」の次元ではなく、その生活様式を可能にする「生産様式」の超克にあると指摘している点だ。資本主義の中で、ESG等や加速主義などと言っても意味がなく、分業の廃止やエッセンシャルワーカーの復権といった生産側の視点を取り上げているのも踏み込んでいる点で、面白いと感じた。

さて、表題にした「モチベーションの低々人間」という話であるが、これは「どうせ変わらないんでしょ」という諦観を表した言葉だ。著者は3.5%の人間の行動力で社会が変わるというが、私は残念ながら96.5%側の人間だ。実際に著者が語る正論は全体として納得感はあるが、やはり実現性という点で厳しそうにみえる。前半の批判的文章がその表れというわけだ。

私自身が、やはりこれを読んで何か社会的活動を行おうというわけでもないので、これは「1つの視点」として持っておいて、自分の判断軸の一助になればいいかなと、そんな程度でこの本を消化したことにしようと思う。

少し趣旨は違いますが、これまで書いた書評的なものはこちらから。


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