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20061221 自由律俳句

 尾崎放哉$${^{*1}}$$の俳句「咳をしても一人$${^{*2}}$$」と言うのを中学の教科書で習った時、何と居心地の悪い句かと思った。五七五が当り前だと思っていたからである。友人が「マス$${^{*3}}$$をかいても一人」と言うのを作って喜んでいた。咳は人前でする場合があるが、「マス」は正常な人間なら人前ではしない。一人で寂しい思いをするのは「咳」も「マス」も同じだが、後者は積極的に一人になって「かいている」のだから、「かいても」でつなげるのはおかしい。事が終わった後の空しさ、後悔、そして一瞬だけ訪れる悟りの境地を表現するなら、「かいたら」もしくは「かけば」であろう。これは婦女子には全く想像できない世界だろう。

 たった数文字の句から色々な情景を思い浮かべることができる。今読むと何ら違和感はない。中学生では、たった数文字で感じ取るには生きてきた時間が短過ぎる$${^{*4}}$$かもしれない。少なくとも十七音ぐらいもしくは短歌ぐらいの長さはないと駄目かもしれない。

 川柳スロット$${^{*5}}$$の応用で「自由律俳句スロット」ができそうな気がする。

*1 鳥取ゆかりの漂泊の俳人「尾崎放哉」/とりネット/鳥取県公式サイト
*2 尾崎放哉のプロフィール・作品集
*3 マスターベーションの意味 国語辞典 - goo辞書
*4 20010726 時間感覚
*5 川柳スロット

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