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瞑想の初歩テクニック「客観的に観察する」こと、できますか? ── 今からはじめるマインドフルネス入門⑬

瞑想を実戦し始めた人が必ず一度は出会う言葉、それが「客観的に観察する」です。

 前回すでに「呼吸を観察する」の段階で意味不明気味だったのに、さらに「客観的に」が乗っかって「呼吸を客観的に観察する」となるともうお手上げでテンションがダダ下がり、こうなったら景気よく昼間から飲みに出かよう、と身支度を始めた人も居るのではないでしょうか(早すぎます)。


 でもその前に、せめてこの記事だけ読んで出かけても遅くはないはずです。今回はできる限りわかりやすい形で「客観的に観察する」ことについて解説したいと思います。


客観的に観察するとは

 結論から言うと、客観的に観察するとは「事実だけを、ありのまま受け入れる」ということです。
 あるいはイメージするなら「科学者のような視線」を持つことです。科学者は目の前で起こっている事実を、事実として受けとめます。

 良くある喩えで言えば、目の前に水が半分だけ入ったコップがあるとしましょう。

「今、コップに半分量の水が入っている。その量は150mlである」

 これがありのままの事実です。科学者はそのようにノートに書き留めます。ここに個人の感情や評価は加えません。

 たとえば、

「もうコップに半分の水しか入っていない。200mlだったら良かったのに、残念だ」

「まだコップに半分も水が残っている。100mlしかないより150mlあるほうがうれしい」

 とは記録しません。感想・評価・分析・判断を、事実に加えずに、まるで詳細なスケッチを取るように熱心に見つめて観察するのです。

 また、当然ながら

「コップに2/3の水が残っている」

 とも記録しません。それは事実ではないからです。客観的に観察するときは「ありのままを受け入れて、事実だけを捉える」のです。

 では冒頭に書いた「呼吸を客観的に観察する」とは具体的にどのようなことでしょう?

 呼吸を客観的に観察するとは、呼吸の長さや深さといった事実だけに注意を向けることです。そして「これは良い呼吸だ」とか「この呼吸は好きになれない」といった分析や評価にまで踏み込まないことです。

客観的に観察することの効果

 ではなぜ、瞑想中は呼吸を客観的に観察するのでしょう?

 実は瞑想中に客観的に観察するのは呼吸だけではありません。呼吸も、雑念も、あらゆるものを客観的に観察します。

 それは「距離」を取れるからです。

 あなたが事実をありのまま受け入れて観察しているうちは、事実からの影響を受けることはありません。しかし、客観的な観察を離れて、評価や分析や判断に踏み込んでしまうと、途端に事実の影響を受けることになります。

 このことは空に浮かぶ雨雲に喩えられます。

 雨雲が遠くにあるうちは、何の影響も受けません。なんなら自分の真上の空は晴れているので「あぁ、向こうで雨が降っているんだな」と他人事のように思うだけです。

 でも雨雲が近づいてくる状況は変わります。

 雨雲が近づけば近づくほど、風は強くなり、そのうちに雨が降り出します。

 もし台風であれば横殴りの風となり、傘はひっくり返って、全身がびしょ濡れとなってしまうでしょう。さらに近づけばすぐそこに雷が落ちて、他のことが考えられなくなるほどの恐ろしさを感じます。

 さらに近づいたときはどうでしょう?

 飛行機に乗ってその雨雲内側に入り、ほぼ自分と一体化したとします。飛行機は揺れに揺れ、真隣で雷が発生してキャビン内のあちこちで悲鳴が上がります。

「どうかご安心ください! 現在当機は安全に飛行……あ、竜の巣!!」

 とアテンダントが言っている最中に酸素吸入器が降りてきて、ほとんどの人が「終わった」と死を意識します。

「嵐になるのがわかってたのに、なんで飛行機を選んじゃったんだろう」「もう二度と飛行機には乗らない」

 それ以外のことを考えられない。
 これが雨雲の影響力をMAXまで受けている状況です。

 でも、同じ雨雲でも、遠くから見ていれば、まったくといって良いほど影響を受けないわけです。冷静に雲の形や、風の強さや、雷の頻度や光量を観察できます。逆に客観的に観察しようと思えば、必然的に、影響を受けない距離まで対象と間隔を取る必要が出てきます。

 これを呼吸で考えてみましょう。

「いま、長くて浅い呼吸をしている」
 という事実から一歩踏み込んで、「これはあまり良くない呼吸だ」「好きになれない呼吸だ」と分析や評価を加えるようになると、呼吸や思考の影響を受けはじめます。
「浅い呼吸をしていると言うことは、上手く瞑想ができていないせいじゃないだろうか?」「いっこうに瞑想が上達しないな」「こんなことをしているくらいなら仕事をした方がいいんじゃないか」「あの仕事を振ってきた上司は、自分にばかり嫌な仕事を押しつける」と、呼吸への集中を忘れて、様々な雑念が展開していくこともあるでしょう。

 これがたとえば「怒り」の感情が観察の対象だった場合、怒りに近づきすぎて、怒りのことしか考えられなくなってしまい、自分を見失ってしまうことも多々あります。

 呼吸を客観的に観察する。
 思考を客観的に観察する。
 感情を客観的に観察する。
 感覚を客観的に観察する。

 それは事実をありのまま受け入れて、対象から距離を取って観察することであり、事実の影響力を極限まで小さくするためのテクニックなのです。

 もっとも、これは他の瞑想の技術同様に「あまり深く考える必要はありません」。

「客観的に観察できているだろうか?」
 という心配は、それ自体がやがて雑念となって、その引力に引き込まれてしまいます。なので「好き嫌い、優劣を気にしない」くらいに考えて、最初は注意を対象に向け続けることを最優先にして大丈夫です。最初から完璧を求めず、一歩ずつ進んでいきましょう。

 それでは次回は、集中瞑想の4ステップの第二段階について、一緒に考えて行きましょう。雑念の正体を探っていきます。
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