インドネシアのゲームスタジオ Mojiken Studio の作品について
皆様はインドネシア発のポップカルチャーと聞いて思い浮かべるものはあるだろうか。
音楽が好きな方であれば、今をときめく世界的ヒップホップアーティストRich Brianに始まり、ジャカルタ発のクラブミュージックFunkotや、日本のシティポップに強くインスパイアされたポップバンドIkkubaruなど、いくつか思い浮かぶものがあるかもしれない。また、インドネシアなど東南アジア各国に根ざした武術シラットは、映画『ザ・レイド』を始め『喧嘩稼業』『ケンガンオメガ』など日本の漫画作品でも題材とされる機会が多い。バリ島につたわる伝統舞踊や伝統音楽などを除いて考えると、浅学ながら筆者が思い描くインドネシア文化のイメージは上記の通りだ。
こちらの記事では、昨今急速な盛り上がりを見せており、日本で紹介される機会が増えつつあるインドネシアのインディーゲーム・シーンで活躍するスタジオ、Mojiken Studioが手がける諸作品について取り上げたい。
イントロダクション
インドネシアのインディーゲーム・シーンに日本のメディアから注目が集まるようになったきっかけとして、2020年1月にリリースされたToge Productions開発のアドベンチャーゲーム『Coffee Talk』を外すことはできないだろう。『Coffee Talk』は、インディーゲームという世界が注目を集める大きなターニングポイントとなった2016年の作品『VA-11 Hall-A』にインスパイアされたゲームシステムを持ちつつも、現代のアメリカ・シアトルを舞台に、人狼や吸血鬼など欧州の伝承に由来する架空の生物を登場させた独創的な世界観を特徴とする作品である。本作はTGS 2019をはじめ複数のゲームショウにてアワードを受賞し、これまでに週刊ファミ通などの紙媒体およびWEBメディアでも盛んに取り上げられてきた。
Toge Productionsは自社作品の開発と並行して、インドネシア国内の他スタジオが開発したゲーム作品の発行(パブリッシング)も手がけている。一例として、ゲームスタジオMassHive Mediaが開発し2018年にToge ProductionsよりリリースされたRPG作品『Azure Saga:Pathfinder』が挙げられる。当作品は『スターオーシャン セカンドストーリー』を始めとした日本製RPG(JRPG)から色濃く影響を受けた作風を特徴としており、日本語未対応ながらリリース当時にGame*Sparkなど複数の日本メディアにも取り上げられている。
当記事で取り上げるMojiken Studioの諸作は、上記作品に連なる社外スタジオ製ゲームとしてToge Productionsより発行された作品、または両社の共同開発による作品として位置づけられる。
なお当記事で取り上げるToge ProductionsおよびMojiken Studio作品の多くは、日本のゲームパブリッシャーChorus Worldwideが日本および各国向け展開を担当している。日本での紹介に際して同社が多大なる貢献を果たしている点についてもここで触れておきたい。
Mojiken Studioについて
こちらのインタビュー記事によると、Mojiken Studioは2013年に設立されたインドネシア・スラバヤのスタジオである。当初はゲーム用のイラスト制作を主業務としてたが、2014年よりゲーム本編の開発にも着手し始めた。ビジュアルアーティストを中心に設立された経緯もあり、これまでに発表された作品はビジュアル、グラフィック面に重きを置いた世界観重視の作品が多い。Mojiken StudioはMojiken Campと題された社内養成プログラムを不定期に開催しており、そこで開発された短編作品はitch.ioにて公開されている。
Steam等のプラットフォーム向けに展開されている中〜長編作品としては『She and the Light Bearer』『When The Past Was Around』『A Space For The Unbound』『Divination』の4作品が挙げられる。『Divination』は筆者未プレイということもあり、当記事では前者の3作品を紹介したい。
She and the Light Bearer
『She and the Light Bearer』は2019年1月にリリースされたパズル・アドベンチャーゲームである。当作品は、インドネシア国家の象徴として愛国歌や詩などを通して古くから親しまれるIbu Pertiwi(Mother Earth、地母神の意)をモチーフとした「Mother」というキャラクターによる創世物語を描いたものである(詳細は当作品DLCのアートブックに記載あり)。
Game*Sparkによるリリース時のインタビュー記事でアートディレクターのBrigitta Rena氏が語るように、当作品はビジュアルやキャラクターデザイン面において、イギリスの民間伝承にインスパイアされたTomm Moore監督によるアニメーション映画『Song of the Sea』や、スタジオジブリの諸作からの影響を消化した作品となっている。しかしながら単なるフォロワー的作品という枠に留まるものではなく、Rena氏が手がけるポップで可愛らしいキャラクターや、細部に到るまで緻密に書き込まれたグラフィック、Masdito "Ittou" Bachtiar氏とアコースティックデュオPathetic Experienceが手がけるオーガニックなサウンドトラックは極めて良質で、個人制作の域を超えた一流の商業作品として日本人プレイヤーにも違和感なく楽しめる秀作に仕上がっている。
当作品はリリース当初日本語未対応であったが、2019年9月のアップデートで当記事筆者による日本語訳が追加されている。拙訳ではあるが、当作品やMojiken Studio作品が日本において今後長く親しまれるための一助となれば幸いである。
When The Past Was Around 過去といた頃
『When The Past Was Around(日本語副題:過去といた頃)』は2020年9月にリリースされたパズル・アドベンチャーゲームで、上記作品に引き続きBrigitta Rena氏がアートディレクションを手がけている。当作品はRena氏による2018年リリースの短編作品『A Raven Monologue』を踏襲した台詞のないアドベンチャー作品として制作されており、ストーリーの大枠は製品紹介ページ等で解説されているものの、プレイヤーによる想像や解釈の余地を広く残した作品となっている。ゲームシステムは前作『She and the Light Bearer』を踏襲したパズル要素の強いポイント&クリック式のアドベンチャー作品となっており、これまでの同氏のキャリアを集約した作品と称することも出来るだろう。
当作品は20代前半の女性エダを主人公とした愛と喪失のストーリーである。現代インドネシアの一都市をモチーフとしたシュールレアリスムな世界を舞台としており、前作と比べてアートワークはデフォルメ成分を弱めたものとなっている。Rena氏のアートワークの特徴である緻密な描き込みにより、家具や茶器など背景に散りばめられた小道具が丁寧に描写されており、画面を隅々まで見渡しているだけでも十分に楽しめる作品である。美麗なアートワークは森薫氏を始めとした日本人著者による漫画やイラストを彷彿させる点もあり、日本人プレイヤーにも身近に感じられる作品と言えるだろう。
A Space for the Unbound 心に咲く花
『A Space for the Unbound(日本語副題:心に咲く花)』は、90年代後半のインドネシアの田舎町を舞台としたアドベンチャーゲームである。今冬発売予定で、プロローグのみ先行して無料配信されている。上記の2作品とは異なりアートディレクションはDimas Novan D氏が手がけているが、サウンドトラックは上記作品に引き続きIttou氏が担当している。
プレイ画面には横スクロールの2Dアクションゲームを意識したピクセルアートが用いられている。美しい色合いの空模様や丁寧に描かれた田舎町の風景、そして学生服の男女を印象的に描いた同氏によるアートワークは新海誠監督によるアニメーション映画を彷彿とさせる。Steam等の製品情報によると、プロローグ以降のストーリーは世界の終末を描いたボーイ・ミーツ・ガール作品として展開されてゆくようだ。
プロローグではインドネシアのポップミュージックであるクロンチョンや、屋台で販売されているお菓子のチモル(Cimol)などローカルな文化が描写されており、インドネシア発の作品でなければ触れる機会のないような細かいローカルネタも作品の味わいをより深めている。
日本製ゲームとの比較
インドネシアや東南アジアの伝統文化を作風に採り入れた日本製ゲームには『ファイナルファンタジーX』をはじめ、ラブデリック系作品として括られる『エンドネシア』『ギフトピア』、浅野達彦氏によるエキゾチカ・ミュージックをサウンドトラックに使用した『巨人のドシン』などが挙げられる。これらの作品は全て2000年前後〜2000年代前半に発表された点で共通している。PS2やゲームキューブなど次世代ハードウェアの登場により表現の多様性が広がるなかで、西欧文化をモチーフに扱うことが多かった従来のゲーム市場に対するオルタナティブとして、オリエンタルな世界観を構築するためのエッセンスにしばしば東南アジア的な記号が用いられることがあったと言えるだろう。このような記号的表現は、私たちが『ゴースト・オブ・ツシマ』等の作品をプレイする時に感じる違和感に近いものを現地で暮らすプレイヤーに与えていたかもしれない。
これらの作品と比較した時、上記で取り上げたMojiken Studioによる諸作は、海外プレイヤーを主要ターゲット層として英語メインで制作されたインドネシア発の作品として、自国の文化や生活を丁寧かつ生き生きと描写している点にも触れておきたい。
消費者の人口や英語習得者の割合の差異によるものと思われるが、日本で過去に制作されてきた従来のエンタメ作品は日本人を主要ターゲットとして開発・マーケティングされることが多かった。これに対して当記事で触れたインドネシア発の作品群は、英語話者をターゲットとして開発・マーケティングされている点にも差異を見出すことが出来るだろう。これが他国製作品との差別化として、主体的に自国文化の描写を採り入れるきっかけとなったと考えることも出来る。
従来の日本製作品では、しばしば日本人以外に通じないハイコンテクストな文化表現を用いることで、ノンネイティブのユーザーを混乱させる場面も見受けられた。これと比較した際、当記事で取り上げた作品に用いられる自国文化の表現は、ときには女学生が身に纏う学生服のようなささやかな記号であったり、また食文化などローカル色の強い表現を用いる際は、説明を加えた上で他文化圏に暮らすプレイヤーにも親しみを持てるよう配慮されている点も印象的だ(学生服などの描写についてもRena氏を始めとした制作陣により時折SNSで補足が加えられている)。
おわりに
Unity等の開発ソフトやSteam、itch.io等の販売プラットフォームの確立、またSwitchやPS4等のコンシューマ機で個人制作のゲームを発表しやすい環境が整ったことにより、時間と労力さえ費やせば個人単位でもハイクオリティな作品を制作・発表できるようになってから久しい。当記事で取り上げたMojiken Studioによる諸作品のような小規模スタジオによる意欲作の登場により、未だ私達が見たことのないような世界への視野が開かれることを期待したい。
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