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ネット三大悪を乗り越えるために、「アナロジーの力」が極めて有効だと気づいた話

先日とある本に「アナロジー」について書かれているのを読みました。それによると、アナロジーとは現在直面している課題とよく似ている状況を探し、両者の類似性や共通点を手がかりに現在の課題を理解する手法で、「適切なアナロジーの力を借りれば、思いがけない新たな理解の扉が開かれる」とあります。

私がライフワークとして取り組んでいるテーマである「情報的健康」は、まさにアナロジーそのものです。

情報に触れることは、ごはんを食べることと似ている”−−−そんなアナロジーの力が今、なぜ必要とされているのか、私なりに考察をまとめてみました。

ネット三大悪は何か

「偽・誤情報」、「なりすまし」や「詐欺広告」、「インプ稼ぎ」や「個人情報の不正利用」など…挙げればキリがありませんが、情報空間の様々な問題については政府も問題視しているところです。

私が考えるに、ウェブ空間における“三大悪”は次の3つです。

  1. アテンションエコノミーの悪
    「良い記事を書いても、読まれない」ーマネタイズに苦しむメディア業界の問題。

  2. リテラシー格差の悪
    「求めていないはずの情報を、大量に与えられている」ー様々な悪影響を被っている私たちユーザー自身の問題。

  3. 広告エコシステムの悪
    「大量の広告を投下しても、十分な効果が得られない」ーメディアとユーザーへ悪影響を与える主因になっている広告業界の問題。

こうした課題に対し、アナロジーの力を活用すると、どうなるか。結論から言えば、あらゆる側面で、極めて効果的と思われる対策を講じられる可能性が垣間見えました。それぞれについて、解説していきます。


① 「アテンションエコノミー」をアナロジーの力で乗り越える方策

アテンションエコノミーが、メディアを惑わせています。メディアにとっての主な収益源である「広告費」は、「とにかく注目」されるコンテンツを評価します。そのため質はさておき、とにかく読まれるかどうか(映像の場合はとにかく見られるかどうか)を追求することが、「お金を稼ぐ」ためには求められます。

しかしメディア業界の中にも一定数、志の高い人がいます。質の高い良いニュースをつくろうと、日々取材活動に励んでいる記者やジャーナリスト、ディレクターは少なくありません。しかし取材にはお金がかかるので、会社からお荷物扱いされたり、収益に貢献していないということで給料を減らされたりと、散々な目に遭います。

これを情報的健康のアナロジーに置き換えることで、少し対策の余地が見えてきます。

「とにかく注目」されるニュースづくりを追求するメディアは、「とにかく美味しさ」を追求する飲食店。そうすると、かつてジャンクフードが問題視された時代が思い起こされます。飲食業界が「とにかく美味しい」を追求し、中毒的に食べたくなるような食べ物を開発したところ、生活習慣病や肥満に悩む人が増え、社会問題となりました。「とにかく読まれる記事を」追求している今のメディア業界と、まったく同じフェーズと言えます。

中毒的に食べたくなるような食べ物が次々と開発された時代と、現代のウェブ空間は似ている?

飲食業は「とにかく美味しさ」追求時代をどのように乗り越えたかは、既知の通りです。栄養成分を定義し、栄養価を指標とした食事が開発されるようになり、消費者側も栄養を考えた食生活を意識するのが当たり前になりました。メディア業界もまた、まずは「ニュースの栄養成分」を定義することで、目指すべき質の高いヘルシーなニュースとはどのようなものなのかが明確になります。その上で、「栄養価を指標としたニュースづくり」に取り組むことで、ニュースの質を社内外でしっかり評価できる環境が整うわけです。

2024年7月6日の日本経済新聞朝刊。ここにも情報的健康のアナロジーにも置き換えられるインサイトが凝縮されている

② 「リテラシー格差」をアナロジーの力で乗り越える方策

私たちは大量の情報にさらされ、疲れ切っています。そしてリフレッシュしたいとき、私たちは無意識にYouTubeや TikTok、Instagramを開き、「レコメンド」されたコンテンツを見て、リフレッシュした「つもり」になります(YouTube で人々が見るものの 70% は、アルゴリズムによって推奨されている)。

しかしこうした習慣には、様々なリスクも指摘されています。集中力が持続する時間の減少。注意力が散漫になって、うっかりミスが発生するなど生産性の低下うつや自殺の増加。さらには陰謀論や社会の分断、排他的な思想を助長する、などなど。

こうした様々な問題を研究する専門家は、例えば「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」といった用語を用いて注意喚起しています。しかし残念ながら、こうした声は「レコメンド」に夢中な私たちユーザーには届いていないのが実情です。

これを情報的健康のアナロジーに置き換えることで、対策が見えてきます。

レコメンドされたコンテンツばかりを消費する習慣は、「お店からおすすめされたものしか食べない」ことと似ています。その前提に立つと、「フィルターバブル」は、自分が好きなお菓子やジャンクフードだけを食べ続けられる“永久食べ放題”のお店のようなもの。自分の口に合わない食べ物からは隔離され、好物ばかりの「バブル(泡)」の中に孤立してしまう状況です。

フィルターバブルの意味とは?仕組みや問題点・対策をわかりやすく解説

また「エコーチェンバー」は、カレー好きな人たちと、お寿司好きな人たちが、どっちが上かを言い争ってケンカをしている状況と似ています。「きょうはカレーかお寿司、どっちが食べたいかな?」という自由な意思決定が、エコーチェンバーによって「カレー一択でしょ(昨日もカレーだったけど)」「寿司食べてるやつはクソ」といったように…過激で、排他的な意思決定になってしまっている、というわけです。

「エコーチェンバー」極端思考が仲間内で加速…抜け出した男性「集団はカルト宗教のよう」

このように、情報リテラシーについて誰もが分かりやすく学べるようになるのが、アナロジーの力の一つです。好きだからと言ってカレーばかり食べ続けるような生活はちょっと嫌だな、というのと同じように、偏った情報ばかりに触れるのはあまりよろしくないと認識し、情報的な食生活を意識すれば、それだけでリテラシーレベルは格段に上げられます。またそれをサポートするような健康診断ツールの開発など、副次的な展開も想定されます。

③ 「広告エコシステム」の問題をアナロジーの力で乗り越える方策

企業にとって、多額の広告費を投下しても、高い広告効果が得られないばかりか、メディアとユーザーへ悪影響を与える主因になっています。

広告を出すとき、企業としてはやはり費用対効果が気になるところです。期待値としては、広告を出した途端に商品がバカ売れしたり、「広告みたよ」という声をたくさん耳にしたい、と考えます。そのため、とにかく「どれだけの人に届いたか」を指標にしたくなる気持ちも分かります。

しかしウェブ広告の世界は、そんな広告主の気持ちに漬け込んで、「数をとにかく増やす」ためのあらゆる技術を開発してきました。具体的には、人ではないボットによるクリックをカウントすることで、不正に請求するようなアドフラウド。あるいは実際には広告が表示されていないにも関わらず、ページを離脱した人の数も含めてカウントするノンビューアブル・インプレッション。さらに、間違ってクリックしてしまうような小さな×ボタンや、ページ送りが必要な…“不便な”ニュースサイトの乱立なども、こうした流れの延長にあります。

繰り返しになりますがウェブ広告は、「どれだけの人に届いたか」を求めたい企業の気持ちに漬け込んで、日々進化を続けています。その影響は、ユーザーの不便さが日に日に増すという弊害をもたらしています。また、ウェブ広告のお金が巡り巡ってどこに流れているかを辿っていくと…実は反社会勢力にお金が渡っているのでは、という厳しい指摘もあるようです。

広告を取り巻くこうした現状に対しても、情報的健康のアナロジーが、有効な対策を示してくれます。

デジタル空間における「一人でも多くの人に広告を届けたい」というマインドは、飲食業における「たとえジャンクフードだろうと、中毒的に食べたくなるものに広告を載せたい」のと同じことです。仮にメディアがフェイクニュースをつくってPVを稼いでいたとしても、そこに広告が載ることが「価値」となります。結果として、一部のウェブメディアがフェイクニュースをつくることを、広告を出す側が助長してしまっているわけです。

それに対し、例えばかつて、タバコの広告が問題視されたことがありました。その中毒性の高さから、規制が強化され、今ではタバコの会社は企業広告として、ブランドメッセージ発信に力を入れています。デジタル空間でも同様に、フェイクニュースの刺激の強さや中毒性への社会的な警戒心をより高めることで、広告を出している会社に対して、社会的にどうなの?と責任を追及する機運も生まれるはずです。そうなると会社のブランドイメージに関わりますから、さすがに企業は、「とにかく数ばかりを求めるのはやめよう」と改心せざるを得ません。

さらに、多少広告費を上乗せしても、「良質なコンテンツを提供するメディア」に広告を出して、ブランドイメージをアップさせる流れをつくることで、これはメディア側も、責任をもって、積極的にアドフラウドやビューアビリティ対策に取り組む流れを生み出すことができます。

それらのために特に有効なのは、情報の栄養価を特定し、さらにはそれらを「数値化」することです。それによって消費者は、「企業が栄養価の高い情報に、どれだけ広告費を支払っているか」を横並びで確認できるようになります。栄養価の低い情報にばかり広告を掲載している企業が炙り出されることで、自然と、ユーザーに悪影響を及ぼす広告やメディアが淘汰される環境が実現します。


以上の通り、適切に活用できれば、アナロジーの力は偉大だと感じます。コンテンツを食べ物に置き換えることで、情報空間の健全化のために必要なヒントを、「食と健康」や「食育の歴史」「栄養学」の中に探し求めにいく必然性が生まれます。私も喫緊の課題として、まずは「栄養成分の特定」に向けた動きを、加速させていきたいと思います。

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