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「情報的健康」実現へ…私がライフワークに勤しむ理由。学生時代の原体験から始まる話

私がライフワークとして取り組んでいる、ある活動があります。その活動のテーマは「情報的健康」というもの。

人は日々、多くのニュースや広告、エンタメといった、様々な「情報」に触れています。そんなあらゆる情報に触れる行為を「食」にたとえるアプローチで、情報社会における不健全性(≒不健康性?)を調査・研究し、社会的な仕組みづくりに向け、地道に取り組んでいます。

休日や、仕事終わりに活動に勤しむことも少なくありません。そう言うと、いったい何のためにそんなことをやっているのか、とよく聞かれます。決してお金のためではない、私がライフワークに取り組む理由を、詳しく書こうと思います。

きっかけは学生時代の原体験

情報的健康は、私の中では2つの側面から構築された考え方です。

まず一つは、ユーザー側の視点です。私は大学時代に、大きな大きな変革期を経験しました。2008年、私が大学へ入学した年の4月に、Twitterの日本語版が公開されました。5月には、facebookが日本語でのサービスを開始。そして同じ年の7月、iPhoneが日本に上陸しました。

iPhone上陸時に話題となった名言

まさにガラケー→スマホ、メーリス→SNS、その変化の真っ只中で、大学4年間の青春を過ごしたのです。とても一言では言い表せない、様々な出来事が凝縮された日々でした。

自分の「今」を発信する快感。
他人の「失敗」をシェアして嘲笑う楽しさ。
友達の「幸せ」を素直に喜べない葛藤。
見ず知らずの人の「不幸」を見せ物にする風潮への嫌悪感。
仲間だと思っていたコミュニティが、実はバラバラな寄せ集めだと気付いた時の喪失感。
自分をアピールしたい一心で、強がってしまう虚栄心と、その後の自己嫌悪。。。

そんな複雑な感情が渦巻く時を過ごしながら、次第に私の中に大きな問題意識が芽生えていきました。「このままでいいのか?」と。

初めの頃は、「あれ見た?」「これ知ってる?」と仲間内で情報交換しながら、“ブーム”を追いかけていました。しかし、次第にまったくついていけなくなり…気づけば、周囲に「いくつものブームが乱立」する状態となりました。そして自然と、共通の話題で盛り上がれない人たちとは疎遠に。今振り返ると、社会の分断や、コミュニティ化のトレンドの、初期フェーズにあったと言えるかもしれません。

さらに、巷では「バイトテロ」なる迷惑行為が流行。過激な行動で人目を引こうとする若者の行動には、心のどこかで「共感」してしまう部分もあり、他人事とは思えない恐ろしさを感じました。kuresekiさんが、この辺りの心情を詳しく分析されています。

大学3年の冬。本格的な就活シーズンを前に、「自分はこれから何をやりたいか」を真剣に考えました。私は、その当時の「ネットこそすべて」「そこにいけばすべてがある」といった風潮に疑問をもっていたので、自然と「どうすれば、この状況が良くなるか」「良くするためには、どんな仕事をすべきか」を考えるようになりました。

突き詰めた末に、出した当時の結論は以下のようなものでした。今、若者は「情報の偏食」ばかりしている。このままでは社会は分断され、個人は孤独感や虚無感に苛まれるようになり、不健康な人で溢れかえるようになってしまう。そうならないためには、たとえるならバランスのとれたヘルシー定食のような、偏りのない情報パッケージをたくさんの人に届けるとか、あるいはバランスの良い情報ばかりが世に溢れるような、ヘルシーな仕組みをつくれないか、と。そしてそんな理想に向かっていけるような仕事に就きたい、と。このような考えは卒業論文のテーマにもしており、我ながらかなりアーリーな問題意識を持っていたと感じます。

就活では、後に入社することになるテレビ局や、プラットホーム系IT企業を中心に応募。新卒で、メディア業界へ足を踏み入れることになりました。

「作り手」の立場から見えてきたもの

そしてもう一つ。私が「情報的健康」の考えをより深めることになった側面が、「メディア側」の視点です。

就活では運良くテレビ局とプラットフォーム系IT企業から内定をもらいました。かなり悩みましたが、情報が「集まる」プラットフォームではなく、情報を「作る」メディア側から、問題へのアプローチをしていこうと考え、テレビ局を選びました。

SNSが一気に広がった大学4年間を経て飛び込んだメディア業界ですが、ここでもまた「激変の時」を経験します。テレビの視聴率減、ウェブメディアの浮沈、プラットフォームの驕りと逆風。細かくはプロットしませんが、とにかく激しい揺れ動きがあり、現場は翻弄され続けました。

各局とも凋落続く…主要テレビ局の複数年にわたる視聴率推移(最新) −ガベージニュースより

中でも、私が最も危機感を感じたのは「アテンションエコノミー」の拡がりです。アテンションエコノミーとは、「アテンション・プリーズ!とにかく1人でも多くの人の注目を引くんだ!」という大号令のもと、PVやクリック、視聴率などが高ければ高いほど、お金儲けできる経済システムのことです。このエコシステムの中では、メディアや広告、企業の多くの関係者が、「1人でも多くの注目を引けさえすれば、内容はどんなものでも構わない」という思想に染まりがちなのが、恐ろしいところです。

最初に異変を感じ始めたのは、まだ駆け出しのテレビ記者だった頃。ジャーナリズムを見よう見まねで体現しながら、「良いニュース」をつくろうと奔走していました。初めは仲間たちと「良いニュース」のあり方について、活発な意見交換がされており、視聴率を意識するようなことはあまりなかったのですが…。次第に報道の現場にまで、「とにかく視聴率」の意識が強まっていきました。

特に記憶に残っているのは、国政選挙の時のことです。当時、政治部キャップとして選挙関連の取材に責任を負う立場だった私は、メンバーと一緒に日夜、政治家や政党関係者への取材に走り回っていました。そんな頑張りも虚しく、世間では期日前の投票率がなかなか上がらず、選挙への注目度は低いままでした。取材先で出会う政治家や秘書からは、メディアはなんでもっと注目を集めるような発信をしないのか、と問われることもたびたび。私自身も、自分の局が流している放送内容には納得がいきませんでした。なぜなら公示前と何一つ変わらない、グルメや密着モノなど、視聴率狙いの企画ばかり放送していましたから。いよいよ投票日まであと数日、というところで、私は上司に「少しだけでもいいので、選挙関連のニュースを放送する枠をもらえませんか」と掛け合いました。返ってきた答えは「いまウチ(の局)、視聴率めちゃ厳しいから…ごめんよ」とピシャリ。ついにテレビ局は「報道機関」としての責務よりも、「営利企業」としての利潤追求しか考えない一企業に成り下がってしまったのか、と感じた瞬間でした。

繰り返しになりますが、アテンションエコノミーは、とにかく「質より量」の世界です。PVやインプレッション、クリック数ばかりが求められ、「いい記事書いたね!」という事実には何の意味もありません。

逆に言えば、たとえ弱い立場の人に寄り添って丁寧な取材を繰り返し、「意味」を追求した中身のあるニュースをどれだけ頑張って作ったところで…PVや視聴率が取れなければ、誰からも評価されない。それどころか、「経費の使いすぎだ」「残業減らせ」と叱られてしまうのがオチです(これ、実際にあった話です)。

評価されてしかるべきものが、「いいね」と評価されないことに、私は大きな悲しさを覚えます。私はメディアの「作り手」の立場で、「良いモノが評価されず、そうではないモノが評価される不条理な世界」を、垣間見てしまいました。

情報的健康の先に、実現したいこと

私が学生時代に感じた「このままでいいのか?」という疑問は、時を経て「このままでは絶対にダメだ」という確信に変わりました。

多くのメディア企業はこのままだと、倒産するか、中身のないジャンキーなものを量産して生き残るか、という究極の二択を迫られるようになるかもしれません。それはユーザーにとっても、広告を載せてPRしたい広告主にとっても、誰にとっても、不幸な未来しかありません。

もっといえば、そのようなメディアの収益悪化や信頼の低下、メディアの弱体化を、一番に喜ぶのは誰でしょうか? それは、時の権力者です。報道機関の役割である「権力の監視」の機能が失われ、民主主義が維持できなくなる可能性すらある。

私は次の世代に、めちゃくちゃな情報ばかりがあふれる社会を残したくはありません。良い情報とは何なのか。取るべき情報はどこにあるのか。自分に足りていない情報は何か。まさに食べ物の「栄養」を考えるように、情報の中にある成分をしっかり吟味し、バランスよく摂取するのが当たり前な世の中になってほしい。そうするれば、「良いモノをつくれば、いいね!と評価される」という当たり前な世界を実現することにも繋がります。

たとえば選挙を前に、有権者に向けて、改めて争点や、各候補者の主張をわかりやすくまとめるなど…有益な情報を提供してくれるような記者は、内外からしっかり「いいね!」と評価されるはずです。そしてその評価に応じて、高い広告費や評価が与えられる。そんな「当たり前」な仕組みがあれば、社会はどれほど健康的になれるでしょうか。

情報的健康は、これまで私が感じてきた様々な問題意識が、ひとつの概念として収斂されていくような、引力のあるパワーワード。だからこそ、仕事の合間を縫って、休みの日にも、仕事終わりにも、たとえお金にならなくても、私を突き動かす原動力になっているのではないかと思います。

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