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A Murder in Shinjuku ⑤ 【短編小説】

前回のつづきです。


14.

出た。

テレビ見てたら、あれが放送された。

バラバラ事件…

バラバラ事件って知ってる?殺人のことだけど、殺した後に死体を部位ごとに切り分ける事件。そして、犯人がその分割した死体を一部ずつ捨てるの。昔、こういう事件についた話を雑誌やネットとかで読んだことがあった。普通の人はこんなグロテスクなものに興味持たないと思うけど、私はこういう話が好物だった。

そして、犯人は切り分けた死体をプラスチックの袋に入れて、一部ずつゴミに放り込まれるのだ。川に投げられるときもある。動物園のトラや熊に餌として檻に放り投げるときも。

今回の事件についてアナウンサーが丁寧に、冷静に経緯を説明した。まるで、ロボットのような声でこの醜怪な事件を描写した。私はテレビから目を反らすことができなく、魅了された。

このような凶悪な殺人事件の話を聞くと一人で盛り上がる。普通の人だったら理解できないと思うけど、ぞわぞわする感情が私の幸福感なの。

興奮が頂点に上り、誰かに伝えたくなった。魁仁にメッセージを送ることに決めた。

ーニュース見た?殺人事件だよ。容疑者は外国人で被害者は若い日本人の女性。文京区でだって。私の住まいに近い場所。いや、さっきテレビに映ってたビルがどこにあるか知ってる。

魁仁はすぐ返事した。

ーそのビル、見に行きたいの?

やっぱり、魁仁は私の気持ちを受け入れてくれた。なんといい友達だ。普通の人には変だと思われる、この私の趣味。

こういう事件について読んだことはあったけど、今まで自分の付近に起きたことはなかった。 

次の日に、犯行現場へ足を運んだ。文京区だったら当たり前のようなアパートビルだった。でも、この普通のビルが綺麗に見えた。普通だけど、それなり綺麗だった。犯人はもう既に捕まったから、この事件はもう過去の話で、この町はもとに戻ったように人は暮らしていた。

 

職場でも誰かがその事件について話していた。食堂で皆が雑談していた中で、誰かが言い出した。

ー聞いた?文京区で起きた、あの事件のこと。

ーうん。ニュースで見た。

ー怖くない?

ー最低な男。人間っていえる?

ーこんな話しやめて!気持ち悪いよぅ。

会話はすぐ違う話題に転回した。私は聞いてなかった振りをして、うどんを呑み込もうとするように食べた。

15.
小川にずっと会わない日々が寂しくて寂しくて。壁の反対側から、声だけだったら聞こえる。それでも、カノジョの声の方がもっとよく聞こえた。

寝る側の壁が小川の部屋を向いている。夜中にドンドンドンと太鼓みたいな音がする。そして、女の人の声。

「きもちいー」

この付き合いは最近の出会いなのか。それとも、何年前から付き合っているのか。

カノジョが バラバラ事件に巻き込まれたらいいのに、と思った。叫び声を聞くとカノジョが殺害されてるイメージが浮かび上がる。それを想像して、私はぐっすり眠れた。

い。

16.
魁仁と三度目のデート。「付き合って下さい」と言ってきたら「ごめんなさい」と率直に言うつもりだった。

なんで?と聞かれたら、実は私仕事の理由で遠くに引っ越しするの。東京から離れて。いえ、海外へ。アメリカへ。

魁仁はすぐ映画館に連れていきたいと言った。もうチケット買ったというから、断れなかった。映画を楽しもうとしても、集中できない。この後、どうやって断るのかしか考えられなかった。映画の最後のシーンで、誰かが死んだ。それだけしか覚えてない。映画はどういうストーリーだったのかすぐ忘れた。映画を見てないのと同じだった。

「悲しい映画って好きじゃないの?」

「ううん。好きだけど…」

「じゃあ、この映画の感想は?」

 「好きだったよ。悲しかったけど…」

私の嘘がバレた感じがした。魁仁は私が言っているのを信じてないような顔をした。

でも、映画館を背けてバラバラ事件について魁仁が話し掛けてきた。私はそれについて実は話したかった。犯行現場に行ったことまで教えた。

「怖くない?」

「ううん。ただ、普通のビルだった」

「でも、そうなったら恐ろしいよな。アパートの中、風呂場で誰かに首を絞られて、そのあと体を小さく刻まれて、分割した死体を一部ずつ川に捨てられるなんて」

「事件について詳しいね」

喋っている間に、角を曲がって静かな道に辿り着いた。そこら辺に、突然お寺が現れた。お寺が目に入り、足が本能的に止まった。山門から立ち止まって、じっくり見た。そこからでも仏様の顔が見えた。石仏の顔は笑っている。目を閉じているけど、私のことを見えるような気がした。私の育ちは寺参りによくいってたのだ。でも、考えてみたら東京に引っ越ししてから、一度も参拝していなかった。

お寺とのご縁はお祖父さんの影響だった。信心深いお爺さんは毎朝のごと読経していた。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…

常にお祖父さんはそう祈っていた。

阿弥陀如来の本願は、この世は絶対の幸福を授けて、来世は浄土で仏に生まれるのだ。そうお祖父さんがいつも言ってた。

「ほとけさまは全人類に幸せを願ってんだよ。君の幸せも願ってんの。人間として生まれてよかった、って言えるように幸せをほとけさんがくれるんだ。人間として生まれるのは非常に難しいものなんだ。だから、この命を大切にしなければいけないんだ」

それを子供の時からいつも言われてたけど、その日までこの教えについてじっくり振り返ったことはなかった。でも、その魁仁と一緒に散歩していたあの日に記憶が蘇ってきた。

魁仁は私に聞く。

「死んだあとに何か先にあると信じてる?」

 その答えは分からなかった。考えたことはあったけど、どう考えても死んでから私はどうなるのか全く分からない。人に聞かれたら「無宗教です」と答えるけど、幽霊の存在は少し信じている。お祖父さんの教えは影響なく、死んだあとに来世があるか人間には知られないものだとしか思えない。だから、その時はちょっと困った。

「俺はそんなもん信じてないな。死んだあとはなんにもない。この人生しかないと俺は思う」

正直、私は魁仁が言ったことに惹かれた。私は何を信じているかハッキリしている人に憧れるのだ。

でも、ちょっと魁仁が言ったことを疑問に思った。なんにもないってどういう意味?

「だから、人生に意味なんかないっていうこと。存在そのものが不条理なの。生きて、食って、寝て、最後は死ぬ。何やっても同じなんだ。何かのために生きていると言ってる人は、みんなバカ者なんだよ。そうだろう?」

魁仁はそのゴーグルみたいな目でこっちを見た。

「俺がバカだと思ってるんでしょ?」

魁仁はそう聞いたけど、私は全然そう思ってなかった。

17.
「鈴木さんですか?」

黒いスーツを着ている男性が訪ねてきた。 

「はい…」

男性は警察手帳を中年の女性に見せた。

「何かあったんですか?」

「東京都内で身元不明の遺体が発見されました」

「どういうことですか?」

「娘さんからこの二週間の間に連絡入ってきましたか?」

「いいえ。でも、連絡がない時はよくあります」

 「早速ですけど、今すぐ警察署まで一緒に来てください」

18.
魁仁は「付き合って下さい」と言わなかった。どういう意味だろう。でも、死の話しをしているうちに、ちょっと気持ちが変わってきた。断るためにデートへ行ったのに、逆に魁仁のことを愛おしく感じてきた。ちょっと変で、ちょっと危なっかしい魁仁を見えてきた。なぜか、彼に頼りたくなった。

じゃあ、なんで「付き合って下さい」と言わないの?

多分、恥ずかしくて言えなかったのだ。

部屋の中で沈黙が天井から降ってくる。何もやりたくない、考えたくもない、ただ死んだ振りで横になっていたい。その時、壁の反対側から音がした。誰かが話している。女性の声。怒っているような威圧的な声。私は耳を壁に付けた。

「本気に別れるからね!」

女性の声だった。

「やめてくれよ。お前いないと俺は困るんだ」

と男性が返事した。

男の声は震えている。脅かされた子供みたいに涙が混ざった叫び声で物乞いしているように話していた。小川が土下座していたと想像するに難くない。

知ってた小川と全然違う感じだった。こんな弱虫だとは予想できなかった。でも、鳴き声が聞こえてくる。

そして、パン!誰かが殴られた音。

これは、軽い平手打ちではない。手を握って力が入ったパンチの音だった。
その音にびっくりして、壁から一秒耳を外した。でも、耳を壁に戻して聞き続けて。

女性の声:

「男らしくしなさい」

どうにかして介入するべきか。外に出て、隣のドアを叩いて、何か聞こえました、大丈夫ですか?そして、あの悪女を倒して、小川を慰める。スーパーヒーローだったら、そうした。でも、私にそんな力はない。悔しさで足が折れて体が床に崩れ落ちた。

ー全部聞こえたからね。全部知ってるからね。小川さんが可哀そうだと思わないの?恥がないの?

そんなこと言えたら、あの鬼婆を倒せるだろうと思った。

あるいは、もっと早く終わらせたかったら、彼女がドアに出てきた瞬間、彼女の頭をフライパンで叩く。それか、包丁で彼女の腹を刺す。彼女は痛みにあえぐ、恐怖と不信で私を見つめるだろう。そして、私は満足げに小さな笑みを浮かべる。そして、小川に手当をしてあげる。

でも、それは完全に夢だった。

私は情けない弱虫な生き物で、子ネズミが穴の中に戻るように、布団に寝て毛布で身を隠した。 

19.
二日後、あるいは三日後、いつか明確に覚えてないけど、スーパーでいつも通り買い物していたら、誰かアイロンかけてないシャツを着てると思ったら、あの人だった。

小川さん!

声を出して名前を言ったかな?うん、そうだと思う。

「小川さん!」

こっちの方に彼は顔を向けた。

「よー」

しばらく、スーパーの通路で二メートルの距離を空けたまま、二人とも何も言わずじーっとお互いを見つめた。酷い目に遭ったことを知ってたけど、知らない振りをした。

「最近、どうしてますか?」

多分、嘘はバレたと思う。私の声が震えてたと思う。

「いや、普通にしてるよ」

冷凍食品が入ってる冷蔵庫の光が小川の顔を輝かせた。顎の左側に青い痣がはっきりと見えた。私は急いで目線を足元に向けた。小川さんは古くてボロボロのスニーカーを履いていたのに気付いた。小川さんの惨めな姿を見ている間に、綺麗な花のように夢が意識に開花した。この世界が滅んで、私と小川二人だけが生き残ったという夢だった。鬼婆も死んで、これからはずっと自由に生きれるのだ。そして、小川は幸せそうに私を抱く。私もそれで幸せだった。周りの世界は破壊されたけど、それでもいい。それでも幸せ。幸せで耐えられないぐらい。

私はいつの間にか超能力が持っていた。小川の人生から悲しみやネガティブ思考を全部取り除ける超能力。小川は微笑んでいた。最初のバーで彼を見たときと同じように、すごく嬉しそうに。小川の顔は今のように髭を剃っていなくてもいい。それは変える必要がない。服装も、私は今のままの小川が好きだ。ボロボロの靴とアイロンかけてないシャツ。彼は背筋を伸ばして、元気に満ち溢れている。

嬉し涙は映画でしかないと信じていた私は、この夢を見て、息が出来ない、頬が濡れそうになった状態だった。

その時、ようやく分かった。私は恋に落ちたのだ。今まで、恋というものは感じた事がなかった。身体が地面から浮かび上がる風に、有頂天という最高な気持ちだった。

でも、それは本当に一瞬のことだった。

鬼婆が姿を現した。現実って酷い。今度は悔しさの涙を流すところだった。
鬼婆は私をちらっと見て、小川を違う方向に引っ張った。レジの方向へ二人手を繋いで進んだ。

「何をしたての?」

苛立つ声で鬼婆は言う。

「あの人、隣で住んでいる子だよ…」

私はパンが陳列している棚の方へがっかりした気持ちで歩いた。その幸せは三秒も経つ前に消失した。この人生、時間はどれくらい残っているか分からないけど、たった三秒だけは幸せを感じられたこと、胸の中では忘れないようにしたい。

スーパーから慣れて、部屋に帰って、弁当を温めて食べたけど、味が全然しなかった。カノジョ、鬼婆、あの狂った女。世界から消えていったらいいのに。




カバーはabowji_の作品を借りました。多様の素敵な作品を投稿していただき、ずっと前からフォローしているアーティストです。是非、インスタをご覧になってください。
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