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A Murder in Shinjuku③ 【短編小説】

7.
警察署の外に、報道陣の群れが待機していた。夜である。カメラには全てフラッシュが装備されていた。フラッシュの白い光は写真を鮮明に映せる。テレビ放送は、暗い景色にフラッシュがパチパチ光る場面を撮ると、より劇的な風景をキャプチャーできる。ニュースルームは盛り上がるだろう。記者たちは、マイクを構えていて、スタートラインに立っている態勢だった。中には四時間も待っている記者もいた。 小雨が降っていたので、傘を差して、マイクが濡れないようにプラスチックを被せていた。そろそろ、時期が近づいてくる。

遠くから護送車がやってきた。一つか二つのカメラが早く写真を撮った。パチ。パチ。車の列が警察署に近づくと記者たちは盛り上がる。「容疑者が乗ってる車が現れました」とアナウンサー達がかわるがわる言った。カメラはパチパチパチと煩い。

容疑者は車の奥に座っていた。ジャケットで顔を隠したため、性別さえ分からないような姿だった。

警察官は記者たちを無視して、効率的に容疑者を警察署の中へ連れて行った。護送車が見えてから、容疑者が警察署の中に入れられるのは、たった一分三十秒だった。その後、記者たちは、その日の仕事が終わったかのように、溜め息してカメラ装置を片付け始めた。

8.
ある日、隣のお兄さんと擦れ合った。出掛ける時に偶然と会った。彼は仕事に出かける途中の格好だった。私は、その日は午後から出勤だったから寝坊した。起きてからゆっくりメイクを付けていたら、朝食を取る時間を失くした。お腹がぐぅぐぅ鳴っても部屋を出た。軽く走りながら、エレベーターに急いで入った。入ったら否や、気付いた。あの人がすぐ隣に立っていること。エレベーターの『開く』ボタンを押しながら私が入るまで待ってくれたのだ。

エレベーターはトイレぐらいの狭さ。隣のお兄さんは身体ががっしりしていたから、より狭く感じた。肩が肩に触れそうだった。お兄さんはパーソナルスペースを気にせず、エレベーターの真ん中に立って、私をわざと壁に押し付けようとしてる気持ちだった。息苦しい、けど、なんかこの人が近いと落ち着く、矛盾する感情が責めてきた。

四階から一階まで降りるのに凄く長く感じた。永遠に落ちるエレベーターなのか。その間、相手に目線を移せないように我慢した。我慢しようとした。でも、見ちゃった。なぜか、この人の顔を見たかった。 

彼の表情は深刻で、なにか難しいことを考え込んでいるようにみえた。そして、次に気付いた。片目に薄い痣ができていた。え?なんで?と思ったきや、エレベーターのドアが開いた。隣のお兄さんが遠慮せず先に出た。

同じ日に魁仁から二回目のデートに誘われた。なぜか分からないけど、魁仁にイエスと答えた。来週の木曜日に上野で会うと。天気予報によると、その日は雨が降るということだった。

9.
上野に連れていきたいと魁仁が言ったから、山の手線に乗って上野駅に向かった。まず、公園を一周した。季節の変わりにより、寒くないはずだったけど、風が冷たくて億劫だった。魁仁は私の体が振るえているのに気付いたのか、さっさと店に入ろうと言い出す。でも、私はもっと歩きたいと言った。店に入るとまたジロジロ見られると思ったから。

でも、本当に寒かった。結局、諦めてお店に入ることにした。テーブルの反対に魁仁が座って、ゴーグルみたいな目でこっちを見ていた。しかし、今回は嫌な気持ちにならなかった。このゴーグルの目が彼に似合うかもとか考えた。

その日は変な質問とかしなかった。ただ、自分についていっぱい話した。なんか、面白くなくてぼーっとして聞いていた。

私の脳みそってそうなるの。頭の上に白い雲が漂って、白しか見えなくなるの。相手の言葉が耳まで届かなくて、相づちを打って聞いてる振りをする。たまには、口が勝手に行動とって、自分でも何を言っているか分からないけど、世間話が唇から漏れる。これを解離障害って呼ぶと誰かが言ってたけど、私はこの現象を「白雲頭」と名付けていた。いつもこうなるから、私が変な人だと思われるパターンがある。

「ちょっと、ぼーっとしてた?」

魁仁は笑ってそう訊いた。

「うん。ごめん。たまにそうなるの」

「気にしてないよ。ぼくもそうなることよくある」

そう言われて、胸がほっとした。今まで、私の白雲頭を見た人の中で、私を受け取ってくれる人、それより共感してくれる人、いなかった。

しばらく経って、夕方になってきたら、プラットフォームで別れた。魁仁は見送りするつもりで、うずうずして側に立っていた。両手をポケットの奥まで入れて、目が地面を向いていた。その時、彼が何を考えているのか分からなかったけど、今考えてみたら、多分その時キスしたかっとのかしらと思う。私は肉体関係が苦手でキスしたくなかった。ハグも嫌だった。だから、鞄を握って電車が来たら早く手を振って、車内に潜り込んだ。

それにしても、その時の魁仁は好きだった。ちょっと変な人だけど、私みたいな情けない人を受け取るなんて、私の欠点が愛おしいと思ってくれるなんて、ちょっとだけでも喜ばしく思った。




カバーはakiyoshi808の素敵な絵を借りました。夜の街の風景をよく描くアーティストで、最近ハマっています。インスタグラムのページはこちらで、是非ご覧になって下さい。