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自然な顔でコスプレをするお仕事

ふと思い出した黒歴史をひとつ。


若かりし頃、小さな広告代理店に勤めていた。
中小企業は大手とは違い少数精鋭なので、幅広い業務内容を端から端まで、それはそれは様々なことを請負っていた。
営業さんのアシスタント兼事務をこなしていたわたしももれなく、事あるごとに駆り出されていたときの話。

多岐に渡る業務は飽きっぽいわたしには合っていたのかもしれない。社内に籠もり続けるよりも、時々外に出る経験にはおもしろさを感じていた。
しんどい事もあったし、残業時間もものすごかったのだが、若さゆえに乗り越えられたこともあるし、当時仕事とはそういうものだと割り切っていた。(マヒしていたともいう。)

営業さんはほとんどが“おじさん”で、
(今思えば30代の人もいたのだが20歳を少し過ぎたくらいのわたしにはみなおじさんだった、ごめんなさい。しかしここでは親しみを込めて“おじさん”と呼ばせてもらいます。)
わたしと同じようなアシスタントが何人かいた。人ではなく業務ごとに仕事を分担していたので、みな複数の営業さんをアシストしていた。


わたしが担当した業務の一つに家庭科の教材のカタログがある。
教材というものはほぼ変わることがないので何年かはそのままのカタログ素材を使用する。その何年かが過ぎると大幅にリニューアルするのだが、その年は1ページのみの変更だった。
家庭科の教材カタログ。仕事に大きいも小さいもないと怒られそうだが、小さいと言われる部類。クライアントは予算があまりないと言っていた。

担当営業の福島さん(仮名)は40代くらい。メガネをかけていて、おそらくは天パ。お子さんが2人いると言っていたような気がする。
普段は温厚だけれど、トラブルがあるとあからさまに焦るタイプ。


福島さんとわたしはクライアント先に行き、打合せをした。
今回の変更はエプロンのページ。中学生が家庭科の授業で作るあの教材だ。
懐かしい!昔わたしも作りました、なんて話をしながら修正箇所の確認をする。

教材のデザインが変わったので再度撮影が必要。
人物写真の大きさはこのくらい。期限はいつまで。

わかりました、と社に戻ると福島さんとわたしはそれぞれ手配を進めた。


撮影日が近づいた頃、福島さんに呼ばれた。
「〇〇さん(わたし)折り入って相談が。。」
福島さんは温厚な人だ。いつも話し方が優しい。
しかしこのときは何だか妙な空気を感じた。
相談、、か。なんか嫌な予感。


その相談は“嫌な予感”以上のレベルだった。
なんと「カタログのモデルをしてほしい」と。
「モデルさん見つからなかったんですか?!」「うん、、予算内で捕まる人がいなくて。」「これって中学生ですよね。わたし20歳過ぎてますよ?」「うん。中学生だね。でも〇〇さん(わたし)ならいけると思う。」

いや。いやいや。
いけるわけないじゃないですか。

抵抗するわたしに、どうしてもとお願いする福島さん。モデルがいないと撮影ができない。
撮影日は迫っている。スタジオもカメラマンも抑えている。
悩みに悩んだが結局わたしは押しに負けてしまった。わたしは押しに弱いのだった。

・・・待てよ。
わたしがオッケーしてもクライアントさんが何て言うか分からない。20歳越えの女に務まるとは到底思えないという判断が下るはず。
僅かな希望を持ち、さっそく電話をかける福島さんを見守る。
「オッケーだって!ありがとうね。」
なんと許可が出てしまった。福島さんは焦ることなく仕事を進めていく。
いや、オッケーじゃないのよ。
僅かな希望はあっさりと砕け散り、予算の少なさを恨むのだった。


とんでもない不安のまま、撮影当日。
直前までちょっと抵抗してみる。
「本当にわたしで大丈夫ですかね?」
往生際が悪い。

「大丈夫大丈夫ー」
「〇〇ちゃん(わたし)ならいけるって」
当日のみ同行することになった30代の森本さん(仮名)が調子の良いことを言う。そもそも森本さんは調子が良いのでその言葉は信用ならない。名字に“ちゃん”をつけて呼ぶ人はチャラいと相場が決まっている。いつもながら軽い。面白半分で来てるなこの人。

当日はナチュラルメイクにするよう指定があった。
そして撮影前に髪型を変更。少しでも中学生に近づけるためツインテールにするように、と。
ツインテール!いつぶり?!
そして衣装も用意されている。白シャツとチェックのスカート。そして白のハイソックス。
20歳越えの女にはどう見てもコスプレ。そんなことはお構いなしにしっかりと手に渡された。

着替えに行くわたしをよそに小道具でワイワイ盛り上がるおじさんたち。

「エプロンなので調理器具を揃えてみました。」
「何持たせますかねー。」
「おたまか、フライ返しか、泡だて器か。。」
「フライパンいいんじゃないっすか?」
「フライパンいってみるか。」



着替えたわたしは鏡を見た。
中学生、、ではない。当然だ。
ちょっと童顔ではあるけれど中学生に見えるわけがない。わたしは安達祐実ではないのだ。
くっそー。あとで覚えとけ!と心で叫び、覚悟を決めた。仕上げのエプロンを着て、ツインテールの頭に三角巾を巻く。


気まずい顔でおじさんたちの前に戻る。
「おー!いいねー!」
「〇〇ちゃん(わたし)これ持ってみて。」
また何かを言ってしまいそうなわたし、さっさと調理器具を渡される。
最初はフライパン。ちょっと重たい。
とりあえずクライアントさんが嫌な顔をしていなかったのにはホッとした。


そのままいわゆるスタジオの白バックの前に立たされた。

「もっと笑ってー」
「顔もっと柔らかく自然にー」

撮影は始まったがどうやらわたしの顔が硬い。
困った様子のカメラマンとおじさんたちは必死にモデル(わたし)をあやす。
羞恥心全開で立たされているモデル(わたし)の顔は自分で思うよりもカチコチだった。カチコチの顔面で何枚も何枚もシャッターを切られる。

「フライパン両手で持ってみようかー」
「もうちょっと自然な笑顔が欲しいなー」

フラッシュが眩しくて目を開けるのにも一苦労。
フラッシュってこんなに目痛いのか。
おじさんたちが優しく声をかけ、森本さんが冗談を飛ばしたりしていたけれどそれもあまり届かず。
わたしのほっぺたと瞼とフライパンを持つ手は、終始プルプルしていた。


「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」
さすがの森本さんも優しくなってきた。

頭の中に浮かぶのは“しぜん”の3文字。
自然、とは。
どうやら眩しいフラッシュが苦手だといまさら気づく。太陽光にも弱くて、集合写真ではいつも眩しい顔をしていたことを思い出した。
強い光に耐えられない瞼はプルプル。
フライパンを持つ手も限界が来てプルプル。
笑おう、と思ってはいるのにどうも不自然な顔をしているようだ。わたしはすっかり笑い方がわからなくなっていた。
自然、ってなんだ。どんな顔なんだ。


「いったん休憩にしましょうか」

水分補給をして、休憩する。
森本さんがやたらと話しかけてくる。緊張をほぐそうとしてくれているらしい。
福島さんはクライアントさんと何やらお話中なので、はじめて森本さんの存在がありがたく感じた。さっきは面白半分とか思ってごめんなさい。
しかし不安は募る一方。
羞恥心なんてどうでも良くなっていた。
クライアントさんもこの撮影を不安がっているかもしれないな。それはまずい。



次はおたまを持たされた。
自然、の答えが出ていないまま撮影続行。
うわーん、自然ってなに?と心の中で泣く。
クライアントさんの手前そんなこと意地でも言えないのだが、もはやカチコチプルプル顔面のわたしの元々なかった自信は地の底まで奪われていた。リテイクが重なる。
「自然」を意識するともはや「不自然」になるループから抜けられない。


「ちょっとななめ向いてみてー」
「おたま顔の近くに持ってきてー」
「片足あげてみようかー」

頭の中で彷徨い続けているわたしは指示通り、右手はおたまを顔の近くまで持ち上げ、
左足の膝から下を90℃持ち上げる。



なにこれ。


パシャパシャと光るフラッシュの中、突然ふと冷静になった。


中学生のコスプレをしておたまを持たされているわたし。
瞼プルプルさせながら片足上げてアイドル立ち。
おじさんたちは必死に声をかけてくれている。


なにこれ。面白いのだが。



客観視したら自分のことがおかしくなってきた。
わたしはいったい何をやっているのだろう。
仕事とはいえ、この状況、おかしすぎる。

そのときフッと笑顔になった。

「いいねー」
「〇〇ちゃん(わたし)それそれー!」


片足立ちのふくらはぎと瞼は相変わらずプルプルしたものの、自然な笑顔が出た様子。カメラマンはここしかない!と言わんばかりにすかさずシャッターを切る。
なんとか「自然」を取り戻せたようだ。
そのまま足を上げたり下げたりして
おたまを持ったわたしの撮影は無事に終了した。


印刷にかけられ、印刷ミスがないか丁寧に何度も確認し、無事に納品。
仕事を無事に終えたことには安心したが、望んでいないコスプレをした笑顔の自分の写真、恥ずかしいなんてものではない。
興味本位でカタログを見ようとした他の営業さんには「見ないでくださいね」と釘を刺した。

結局片足立ちをしていない方のおたま写真が採用されていた。よく考えたら教材のカタログにそんなウッキウキのアイドル立ちしてる子なんていない。
そしてやはり中学生には見えなかった。そんなの最初から分かりきっていたので、他のモデルさんと並んだりはしないよう配慮されていた。




このように、当時は予算がないと社内で何とかするという風潮があった。それが楽しくもあり大変でもあり。黒歴史として思い出に残っている。
あのときのおじさんたちには感謝しているけれど、そもそもモデルさんが他にいたらこんなことにはならなかったはず、という複雑な気持ちを久しぶりに思い出した。

あれから何十年も経っている。
すでに時効となったわたしの黒歴史。あのカタログも持つ人はいないだろう。
地球上のどこにも残っていないことを願っている。万が一お持ちでしたらこっそり処分をお願いします。


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