マガジンのカバー画像

受付嬢京子の日常

18
「受付嬢 京子の日常」 1日に通る利用客は3万人。とある駅ビルに勤める原田京子は、この仕事について2年目の受付嬢。色の白さと大きな目が他の受付嬢と並んでいても目立つ、自分の売り…
運営しているクリエイター

#20代

受付嬢京子の日常⑪逆算から見える世界

受付嬢京子の日常⑪逆算から見える世界

「洋さん、おはようございます」

警備室の前で原田京子は、同じ施設で働く吉田洋子を見つけて、声をかけた。

「おはようございます」

今日も肌が綺麗だなぁと、京子は思う。自分の方が5歳年下なのに、なんだろう、この差は。昨日は吉田も京子も遅番だった。施設が閉まるのが22時。片付けなどをして、退勤は22時半ごろ。遅番の後の早番は、睡眠時間を削るしかない。早番の次の日が遅番なら良いと思うのに、月に数回、

もっとみる
受付嬢京子の日常⑩~1人暮らし

受付嬢京子の日常⑩~1人暮らし

「横、いいですか?」

原田京子は休憩室で吉田を見つけた。普段2人1組で休憩に入る京子は、同じ受付のメンバーとしか一緒に昼ご飯を食べたことがない。今日は一緒に食べるはずだったリーダーが上司に呼ばれた。長くなりそうだから先に言っていてと送り出された。吉田は京子が働く施設の店舗のスタッフだ。普段はあいさつ程度しかしていない。でも、今日は声をかけたくなった。

吉田が顔を上げてほほ笑む。合意と受け取って

もっとみる
受付嬢京子の日常⑨~定義の違い

受付嬢京子の日常⑨~定義の違い

「ドライトマト売ってるお店はあるかしら?」

雑誌から飛び出してきたような女性がインフォメーションに現れる。受付嬢原田京子は隣に立つ沢木佳奈が応対しているのをさりげなく見守る。佳奈は、エキモの中にあるドライナッツのお店を紹介していた。訪ねてきた女性はTシャツなのに、全身が上品に見える。京子と佳奈が働くエキモは1日3万人が利用する施設だ。直結の駅は毎日12万人が利用する主要駅だ。利用客の振り幅が大き

もっとみる
受付嬢京子の日常⑧

受付嬢京子の日常⑧

「おはようございます」

原田京子はエキモのスタッフスペースで挨拶される事が増えた。以前は素通りしていくだけだった飲食店の若いバイトまで挨拶してくる。京子は、エキモのインフォメーションで働いている。更衣室も違えば、インドメーションから離れた場所の店舗のスタッフは顔を知らないだろうと思う。スタッフスペースで挨拶を交わすようになると、営業スペースで顔を合わせても挨拶されるようになる。皆、以前から忙しそ

もっとみる
受付嬢京子の日常⑦

受付嬢京子の日常⑦

声が出ない…。原田京子は職場のリーダー斎藤友美と食事をしている。少し前まで、流行りの歌の話をしていたはずだ。ワインをグラスで2杯。このあとカラオケに行こうと楽しい気分だったはずだ、と京子は自分の感情の変遷をたどる。

「…だからね、京子ちゃんが一番先輩ってことになるから。新しい子も入ってくるし、ちょっと大変だと思うんだけど…」

京子の様子に気づいていないように、友美は話し続けていた。京子達が働い

もっとみる
受付嬢京子の日常⑥

受付嬢京子の日常⑥

「次の休みにカラー行きます」

不満げに片岡聖奈が言う。エキモで働き始めて3カ月。派遣会社に登録してすぐ、時給がいい、作業が少ない、と紹介されたと話を続ける。聖奈の性格がわかってきた、と原田京子は思っていた。2人が働いているのは、インフォメーションだ。主な作業は道案内。作業が少なく、人が来ない時は、退屈なぐらいだ。

「時給だいじだよね」

話を合わせていると、聖奈はどんどんしゃべる。派遣されてき

もっとみる
受付嬢京子の日常⑤

受付嬢京子の日常⑤

「原田さん、今日時間あるかな」

インフォメーションのリーダーである斎藤友美がきゅっと口角を上げて笑う。正統派アイドルのような顔立ちだ、と声をかけられた原田京子は毎度、思う。京子達が働くのは、駅直結の商業施設だ。1日3万人の人が行き交う。インフォメーションはシフト制だ。友美との早番が久しぶりで、京子はほっとしていた。早番であれは夕方6時半には仕事が終わる。

「ココエにできたワインバー行ってみたか

もっとみる
受付嬢京子の日常④

受付嬢京子の日常④

原田京子は、挨拶をしてくる猫のような顔の女を見て戸惑っていた。京子が働くのは、インフォメーション、つまり受付だ。派遣会社からは髪を暗く染めるように、とネイルやまつげエクステはしないようにと通達があった。派遣初日はインフォメーションではない場所で研修があった。リーダーだ。物腰は柔らかいが、言うことは全部言う、そんな斎藤友美の顔を思い出していた。

「それってなくないですかぁ」

猫顔の女の声がする。

もっとみる
受付嬢京子の日常①

受付嬢京子の日常①

「え⁉︎辞めちゃうんですか⁉︎」

自分の声が思ったより響いた気がして、原田京子はとっさに口元を隠す。施設の休憩室はいつも通りざわざわしていた。一緒に話をしていた山崎美奈子の目に、咎める色はない。声が響いた、と思ったのは声をだした本人だけだったらしい。ほっとして京子は話を続ける。

「グリーンパークにさ、欠員が出たらしいんだよ。」

「先輩が前行ってたところですよね?でも、時給低いって言ってません

もっとみる
受付嬢京子の日常③

受付嬢京子の日常③

今日は何も起こらずに終わりそうだ。21時になるのを確認して、原田京子は日誌を取りだす。落とし物が2件、電話での落とし物の問い合わせが5件。クレームもなく、1日が終わると思うとほっとする。受付嬢として京子が働くエキモは人通りが多く、業務のほとんどが道案内だ。それでもクレームが立て込む日がある。そんな日は、同じ労働時間でも、疲れ方が全く違うのを、感じていた。

「チェック表取りに行ってくるね。」

もっとみる
受付嬢京子の日常②

受付嬢京子の日常②

「聞いてるの⁉︎」

少し早口だった女性の声が、大きくなる。受付嬢、原田京子は、神妙な顔のまま話を聞く。

「だからね、駐車券のサービスがないって知ってたら、買わなかったって言ってるの。返品してもいいわよね。」

黄色のコートを着た女性はおもむろに、自分が持っている袋を差し出した。化粧をして身ぎれいに見えるが、60歳の手前というところだろうか。京子は想像しながら、今日もか、と思う。京子が働くエキモ

もっとみる