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私の中の小さな男の子

私の中の怪獣が暴れていた。私はそいつの存在にずっと昔から気づいていた。だけど、どう飼い慣らせばいいのか分からなくてずっと見ないふりをしてきた。そいつは時々激しく怒り狂い私の人格を支配しようとする。

30歳になった頃、私はヨガのインストラクターになる為に1年前から朝晩ヨガの練習をし瞑想を始めた。そうすると、自分の内側に少しずつ意識を向けられるようになっていく。ある晩の瞑想中、私の中の暴れている怪獣の姿を見ようと目を凝らす。すると、小さな5歳ぐらいの男の子の姿が見えた。しかも、泣いて大暴れしている。なんだか可哀想になって私はその子に話しかけてみる。
「なぁ、なんで暴れてるん?」
男の子は、
「見捨てられた」
と、だけ言ってまた大暴れしだした。もしかして、これがよく聞くインナーチャイルドというやつなのだろうか?疑問に思い本やネットで調べ出した。インナーチャイルドとは心の内側の子供の事で、その子が傷つき不安定のままだと人生の色々な場面でネガティブな影響が出たり自分に自信が持てなかったりするそうだ。思い当たる事ばかりだ。私のインナーチャイルド、相当やばそうだ。

私は早速インナーチャイルドを癒すという、何だか凄くスピリチュアルな作業に取り掛かる事にした。本には『とにかく沢山話しかけてあげましょう、話しを聞いてどんな事も認めて褒めて、抱きしめてあげましょう。そして、本当の望みを聞いて叶えてあげましょう』と、書いてある。
「えっと、初めまして、元気にしてる?」
とりあえず、挨拶をしてみる。
「元気」
とても、ぶっきらぼうにその子は返事を返す。なんだか寂しそうに見える。
「お名前はなんて言うの?」
「イブ」
「私は優子って言うの。これから宜しくね」
「うん」
私とイブとのやりとりが始まった。毎日、寝る前の10分ぐらいをイブとの会話をする時間にした。会話をしていくうちに少しずつイブは、大人しくなっていった。だけど、笑わないしいつも不機嫌そうだ。
「イブ、本当にやりたい事は何?」
「僕はダンスをしたり、歌ったり楽器もしてみたい」
「そうなんだ。じゃあ、これから一緒に沢山踊ったり歌ったりしよう」
イブは本当は音楽がしたいらしい。でも、それは紛れもなく私が捨ててしまった心の声だ。

私は高校生の頃、何故だか踊ってみたくて堪らない衝動に駆られてダンス部を作った。ダンス部がなかったので、小学生の頃からダンスを習っていたと言う友人を誘い先生に懇願した。部員は3人しかいなかったが、許可を貰えた。毎日、教室に居残り練習をした。放課後になると、踊れる事が私の生きがいとなった。
文化祭や3年生を送る会、様々な場面で舞台に出させてもらった。人前で踊る緊張感や、踊った後の爽快感はなにものにもかえがたく、私は踊りの虜となった。同級生の間でもダンス部は話題になり部員は10人にまで増えた。
「皆んなで次の文化祭、絶対に成功させよう」
練習の後は見渡す限りの田んぼ道を、パンを食べながら皆んなで駅まで歩いた。

忘れかけていた高校生の頃の記憶が蘇る。そういえば、私はあんなにも踊りたかったんだ。私はまた踊りたいのだろうか?ダンスが気になり出した私は32歳の時に、ダンスの体験レッスンを申し込んだ。踊るのは実に15年ぶりだ。チャクラダンスというヨガにも関係しそうなものを選んだ。
ダンス当日は緊張してスタジオに向かった。手足が長くてヘソ出しルックが良く似合っているトモコ先生が出迎えてくれた。大きな口を開けて豪快に笑う。
「チャクラダンスに振り付けはないので、音楽に合わせて自由に踊ってください。それでは、目を閉じて瞑想から始めましょう」
チーンと言うティンシャの音が響いて瞑想が終わると、アフリカの太鼓のような音が聞こえてくる。
「それでは、ゆっくりと目を開けて立ち上がってください。太鼓の音に合わせて大地を踏み締めるように足踏みして、歩いてみましょう」
私は言われた通りに足踏みしてみる。太鼓のリズムに合わせていると、アフリカの部族のような気持ちになってくる。3分程で曲調が変わって、今度は流れるような波の音が聞こえてくる。
「今度は腰を回してみましょう。音に合わせて自由に腰を動かして、水のように流れるように踊ってみましょう」
私はまた音に合わせて腰を回してみる。トモコ先生を見ながら見よう見真似で適当に腰をくねらせて踊ってみる。トモコ先生が目の前で、自由に伸びやかに物凄く気持ちよさそうに踊るので私も気持ちよく体を動かせるようになっていく。
10曲程の音楽で踊った後は、シャバーサナと言って仰向けに寝ながらの瞑想をする。その時、私の目から大粒の涙が溢れ出てきた。目の前に高校生の時の舞台が見える。あれは文化祭の当日だ。私はあの日、振り付けを間違えた。皆んなに迷惑をかけて、それから踊れなくなったんだ。硬いシコリとなっていたものが涙と一緒に溶け出す。その時、初めていたずらそうにイブが笑った。

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