「第四の部屋へ招待すべき日まで」

2020年3月11日、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長はCOVID-19(新型コロナウイルス感染)の流行をパンデミックだと発表した。感染予防の為に人との直接接触を避けなくてはならない日々がはじまった。他人との接触を避けるために、自宅に閉じこもり生活をする人が増えた。こうした事から、これから先の「生活スタイル」と「住宅のかたち」に関心を持つ人も増えた。そして、オンラインでの体験が豊かになる一方で、フィジカルな経験の価値について改めて考えなおす契機となった。

そんな状況下、私はしばらくの間スマホ画面(社会の事情)から距離を置いて、自然界のアーキテクチャ(構造)にヒントがないか向き合った。アトリエがある秩父の森林の中で得たとても些細な思考を手がかりにし、創造力をつかって「第四の部屋」へ繋げてみようと思う。本当に些細だが「落ち葉を掃く」「タケノコを食す」このふたつの小さな体験をヒントに考えていく。(「第四の部屋」とは私がいま密かに綴っている現代住宅のステイトメントである。)

春から初夏の森林には、秋から冬にかけて木々が落とした葉が積もっている。斜面の落ち葉は、斜面下部に多く堆積し、その一部は腐葉土となる準備が進んでいる。腐葉土とは、落ち葉が土壌微生物(バクテリア、藻類など)や土壌動物(ミミズ、ナメクジ、ダニなど)によって分解されて土状になったものだ。落ち葉は植物の死骸であり、その死骸を土壌微生物や土壌動物が消費している。草食動物が植物の生きた部分(新鮮な草や実など)を食べる事でまわっている食物連鎖とは異なる生態系の連鎖を、土壌微生物や土壌動物は担っている。森林生態系において腐葉土を含む腐植物質の役割はとても大きい。腐植の連鎖と共に森林は維持されている。
人が森林に入って、落ち葉を掃き、道をつくる。すると、そこには日が当たり、隠れていた雑草が生える。森林では、腐植の連鎖によって半永久的に循環可能であるが、人の手で新たな道をつくる事も可能である。人がつくった道が森林全体にとって風通しよい通路と成るならば、腐植の連鎖を含む循環活動と新たな道の整備は共存する事も出来るだろう。
住宅に「第四の部屋」をつくる事は、もしかしたら森林の生態系に手を入れる事に似ているかもしれない。いま多くある住宅の役割はシェルターとして人を外部から守るものであって、外部の事象を持ち込む事を拒んできた。揺るぎないシェルターこそが優れた住宅だとハウスメーカーは売り込み、消費者はそれを鵜呑みにしてきた。だから雑草が生える事を許さないし、新しい道もつくれない。そんな状況だからこそ、住宅内部に風通しのよい通路をつくる必要がある。集積し成熟した腐葉土を循環させるように、日々の生活を送りつつ、風通しの良い新たな通路をつくり続ける事が「第四の部屋」獲得のひとつの方法だ。

竹林に入って土から顔を出しているタケノコを幾つか見つけ収穫の目星をつける。地表にしっかり顔を出したタケノコは既にえぐみが強くなりはじめているため、僅かに土から芽が見える程度のものを探す。多くのタケノコは10cm以上しっかりと顔を出している。そんな中で二本の芽を見つけ、そのうちの一本を掘り起こす。タケノコは収穫した直後から急激にえぐみが増加するため、すぐにアク抜きをし調理しないと成らない。タケノコ堀りの魅力は、取れ時と食べ時の短さだ。
タケノコは、地表に出てから1日5cm程度の成長の速さだが、1週間も経つと1日50cm以上の早さに加速する。そして、ひと月もしないうちに5mを超える高さになる。タケノコに帽子をかぶせて置くと、あっという間に人間には回収出来ないところに帽子は移動してしまう。つい数週間前に目の前にあったものが、今では手の届かないところにある。二本見つけたうちの一本は料理して食し、もう一本は5mを超える立派な竹となった。
同じ地点に存在していた事物はそれぞれ異なる地点に移動した。タケノコを食す経験は、5mに育った竹との関わりも含め持ち帰えられた。持ち帰った事物の周辺に付属する事項も一緒に持ち帰えられるのだ。
こんな風に家に持ち帰ったものが、外部と繋がっている状態を維持する事は出来ないだろうかと考えている。例えば人と食事に行った経験、映画を観に行った経験、美術作品を観た経験、教会に行った経験など外部での経験を持ち帰り保存する場が「第四の部屋」である。

人との接触を避けなくてはならない日々、社会は混乱が続き、人を招く事が難しい中でも「外の世界にある社会の希望を家に持ち帰り、ゆっくりと熟成させる住宅」への道をつくらなくてはならない。はるか昔の民家は外部と内部の境界が曖昧であった。外からの光、外からの風、外からの音を存分に取り入れていた。しかし現代人にとって、その様な家では生活出来ない。シェルターとしては不十分な住居である。
現代住宅が内部に閉じない為に必要なのは、外部からの光や風や音や視界といった直接物理空間を操作する事では無く、文化を中心とした外部での経験が要となるだろう。個人が美術品を買って保存する義務と責任の先には、その作品をアーカイブする「希望ある住宅」が必要だ。「第四の部屋」に求められる空間は住み手によって変わる。そして、住宅にアーカイブされた経験は別の経験と結びついたり、家に招いた人に伝染したりする。アーカイブされた経験はゆっくり熟成していく。外の世界が混乱していたとしても、「外の世界にある社会の希望を家に持ち帰り、ゆっくりと熟成させる住宅」を目指して少しずつ人を招けば良いのだ。

2020年6月 秋山佑太

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