見出し画像

人はなぜ食べるのか

人の体は60兆個の細胞でできています。その60兆個の細胞が、筋肉や脂肪などの組織を作っています。さらに、その組織が集合して、心臓や肝臓などの臓器を作っています。

人が生き続けるためには、まず体温を維持しなければなりません。それと同時に、身体組織や内臓を休むことなく動かさなければ生きていけません。それだけでなく、傷ついたり寿命が尽きたりした細胞の破壊と再生サイクルの持続も、生き続けるためには不可欠です。

つまり、人は組織細胞を動かすための燃料と、細胞を再生するために必要な「何か」を、毎日食事という形で摂り続けなくては生きていけないのです。

エネルギー源とATP
ガソリンで走る自家用車も電気で走る新幹線も、ガソリンや電気がなくなれば動かなくなり、単なる鉄のかたまりになってしまいます。ところが、ガソリンや電気を再び供給すれば、何事もなかったかのように動き始めます。これらの機械たちと同じく、動物も細胞内に内燃機関(熱機関)を持っていて、食事によってとりいれた化学エネルギーを燃料に、生命維持に不可欠な機械エネルギーや電気エネルギーを作り出しています。しかし、動物は機械と違って、ひとたび停止してしまうと、燃料をいくら補給しても2度と元に戻りません。動物の熱機関は、一時も休むことなく燃料を燃やしつづけなければ死んでしまうという特徴があります。

人が生きるために利用している主な燃料は、グルコース(糖質)、脂肪酸(脂質)、アミノ酸(たんぱく質)の3つです。これらは三大栄養素、または熱量素と言われています。これらのうち、アミノ酸は体タンパク質の合成原料として使う必要があり、脂肪酸は水にとけないので燃やすには手間がかかるため、体内に取り入れて、直ちに使える燃料はグルコースだけです。脂肪酸は非常用備蓄燃料、アミノ酸は緊急時の補助燃料という位置ずけです。

ところで、人の熱機関でも燃料(熱要素)を効率良く燃やすためには酸素の供給は不可欠です。水も大量に使用しなければなりません。この空気(酸素)と水はただで手に入るためなのか、栄養素として取り扱っていないのが不思議です。

「熱要素を燃やす」と言いましたが、実際に炎が上がっているわけではありません。体内で、グルコース(糖質)などがさまざまな化合物を経て二酸化炭素にまで酸化されていく化学反応のことを「燃やす」と言っているのです。その結果、人が利用できるエネルギー分子であるATPが生じるのです。ATPを分解することで、生命は維持され、さまざまな身体活動が可能となります。

画像1

火力発電や工場などで、石油や天然ガスを燃焼させている熱機関は、化石燃料に含まれている炭化水素の原子間結合エネルギー(化学エネルギー)を燃やすことで取り出しています。それに対し、人がエネルギー源にしている糖質(グルコース)は炭水化物ともいいますが、炭素と水素が組み合わされた有機化合物です。炭水化物の化学エネルギーが、細胞内でATP分子に移されることでエネルギー源を作り出していると考えればいいでしょう。

炭水化物に火をつければ燃焼させることができます。たくさん燃えれば暖かいですし、光もとれます。つまり、有機化合物(炭水化物)の化学エネルギーが、熱エネルギーや光エネルギーに転換されたことになります。

人の細胞内でも同じことが起きているのですが、エネルギーは生み出されたり消えたりするわけでなく、単にその形態が変化されているにすぎません(熱力学第一法則)。グルコース分子内の化学エネルギーはATP分子内のエネルギーに転換され、ATP分子内の化学エネルギーは細胞内で必要とする機械エネルギーや電気エネルギーに変えられ、利用されます。

画像2

そのときのエネルギー変換効率は50パーセント程度で、そのエネルギーロスは体熱として使われています。ちなみに、化石燃料や人の熱量素(有機化合物)の結合エネルギーは、植物などが光合成で取り込んだ太陽エネルギーです。

人が利用できるエネルギー分子
人が生きるためのエネルギーは、ATP分子内のエネルギーです。人はグルコースなどを分解することで、グルコース内の太陽エネルギーをATP分子内に取り込んでいます(これを転移といいます)。その活動のためにはどんなものが必要でしょうか。まず、この「転移」するための場として水が必要です。次に、グルコースなどを分解するための酵素たんぱく質、反応を制御するためのビタミンやミネラルが必要です。さらに、グルコースを効率よく分解するためには酵素を絶えず供給することが重要です。そして最も重要なのは、必要十分量のエネルギー源を補給する(食べる)ことです。

この大切なATPは、貯蔵したり細胞間で融通したりすることがほとんど不可能です。生体が必要とするエネルギーとしては、神経の刺激伝達や筋肉の運動などがあります。これらの活動が必要な時、個々のエネルギー消費量に見合ったエネルギーを作るため、ATP合成反応が瞬時に引き起こされ、まかなわれています。この時生じるATPは、直ちにADP(アデノシン2リン酸)もしくはAMP(アデノシン1リン酸)に分解されます。分解されることで、ATP分子内に保存されていたエネルギーが利用できることになります。

ATPを合成するためにはエネルギーが必要です。それには、グルコースなどの熱量素を酸化分解する過程で得られる化学エネルギーを使います。つまり、細胞内で酸化分解されない有機化合物は、エネルギー源にはならないということです。ATPを合成する材料は、細胞内にたくさんあるADPです。ADPにリン酸を結合させることでATPを合成します。

人が生きつづける限り、すべての細胞がATPを必要とします。ATPを合成するのに必須な酵素たんぱく質などは、個々の細胞内に用意されています。しかし、酸素とエネルギー源となる分子は、体外から取り込んで、その必要量を人の体を作っている60兆個の細胞すべてに送り続けなければなりません。

酸素は地球にいる限り、外呼吸という方法で自然に取り込めますが、グルコース(糖質)などの熱要素は、それを含む食べ物を意識的にあるいは本能的にとらない限り不足してきます。

「食べることはATP合成にあり」これが、「人はなぜ食べるのか」という問いの第一の答えです。健康的に生きるためには、ATP合成だけでは不十分ですが、生きるための必要条件ではあります。人は生きるために毎日食べ続け、太陽エネルギーをATP分子に保存しつつ、さまざまな生命活動を行っています。

人が摂取するエネルギー
人が食事として取り込むエネルギー源は、主に糖質、脂質、たんぱく質の三大栄養素であることはこれまでに説明しました。「人が摂取するエネルギー」とは、糖質、脂質たんぱく質の分子に含まれる化学エネルギーのエネルギー量(cal:カロリーで表します)のことです。

人は数多くの食品を食べます。それらの食品はそれぞれ消化吸収率が違いますので、人の体内で利用可能なエネルギー量を調べるためには、食品ごとに『日本食品成分表』(エネルギー換算係数を利用した食品ごとの値が記載されています)をあたる必要があります。ただし、消化吸収される三大栄養素の平均カロリーを求めるなら、アトウォーター係数という便利なものがあります。係数値は、糖質:4kcal/g、脂質:9kcal/g、たんぱく質:4kcal/gです。


例えば、ある食品に糖質が25g、脂質が10g、たんぱく質が5g含まれているとすると、4×25+9×10+4×5=310kcalがその食品のエネルギー量になります。

画像3


人が消費するエネルギー
「人が消費するエネルギー」とは、基礎代謝と活動代謝のことで、理想的には「人が摂取するエネルギー」と等しくなればよいのです。

人が生きていくためには、心臓を動かしたり呼吸したりする生命維持に最低限必要なエネルギー量(基礎代謝)と、動いたり、走ったりの身体活動で増加するエネルギー量(活動代謝)の二つが必要です。一日の消費エネルギー量は、基礎代謝と活動代謝の和になります。例えば、20歳で標準的な体格の女性の場合は約2000kcalといわれています。そして、その半分以上は基礎代謝が占めています。運動などで活動代謝量を増やせば、消費エネルギー量を増やすことができます。基礎代謝量は、安静時に内臓や身体組織が使用する最低限のエネルギー量のことです。

エネルギー消費量は、ATPの入れ替わりの速度に相関します。ATPは合成と分解を繰り返しますが、この繰り返しサイクル(ATPサイクル)の単位時間当たりの回転数がATPの入れ替わり速度です。

人が肥満したり痩せたりするのは、単純に「人が消費するエネルギー」の収支バランスによります。摂取が多ければ太り、消費が多ければ痩せます。このエネルギーの収支バランスが良ければ、体重に変化はなく健康な状態だと考えられます。

画像4

体たんぱく質を作る
体たんぱく質とは、身体を構成しているたんぱく質のことです。筋肉はもちろんですが、それ以外にも酵素やホルモン、免疫にかかわるたんぱく質など、数えきれないほど種類がたくさんあります。それぞれの体たんぱく質には、重要な生理機能があります。

体たんぱく質と食事たんぱく質
タンパク質は、微生物から人まで、生命維持に欠かせない重要な物質です。その種類も膨大な数になりますが、たんぱく質を構成するパーツであるアミノ酸はたった20種類しかありません。ところが、そのたった20種類のアミノ酸が結合して出来上がるペプチド(アミノ酸が二個から数十個つながったもの)やタンパク質のアミノ酸配列の組み合わせは、天文学的な数字になります。タンパク質を構成するアミノ酸の一つがほかのアミノ酸と入れ替わっただけで、たんぱく質の立体構造は大きく変化します。

ここから先は

3,452字 / 5画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?