ヘドリレー


「忘年会来るか?」朝起きたらぞんざいな誘いが元バイト先の先輩から来ていた。こちらもよろしく「行きますよ。」と返信。そうしたら「会費が足りないからコースメニュー以外は食べるなよ。」と意味不明な返信が来ていた。
そして当日、会費と空腹の胃袋を携えて宴会場に訪れた。そこは、先輩の知り合いの店らしく、小洒落たバーの真似っこをしているような雰囲気を醸し出していた。久しく会う元職場の各々。ここで2年働いていたことを思い出す。挨拶をして回っていると全員が集まったとのことで、着席を促された。お決まりの乾杯の音頭を終え、矢継ぎ早に料理が運び込まれる。(どれも不味そうだな、こりゃ大衆居酒屋に行った方がいいわ)と内心思いながらも、口に運び、19歳にして初めて口にするビールの味。なかなか美味い。早めにビールを飲み干し、サワーやカクテルを頼む。彼らにあまり興味がなかったので、ロクでもない世間話を聞きながら酒が進み進み、開始1時間弱でかなりの量を飲み干していた。頼んだ酒が遅いので、カウンターに出向き「おい!カクテル出せや!」と嘯く、チンピラっぽいおっさんは、睨みつけ。「ほい。」と一言残し、グラスを出してくる。「あとサイドメニューの唐揚げと焼き鳥5本セットと砂肝と刺身の盛り合わせと頼むわ。」とそしたらチンピラ店主が「お客さん!サイドメニューだと別料金かかるけどいい?」「いいよそんなの!追加注文しとけ!(俺は払わねえから知らねえや)」と大盤振る舞いな俺。元の席に戻ると、チンピラ上司がいた。「おいっす!久しぶりっすね!元気にしてました?」彼の刺青だらけの身体を見ながら、微笑げに話しかける。「お前どうした?かなり酔っ払ってるな。どうだ一服。」とパイプを差し出してきた。「タバコっすか?吸わないっすね俺は。」と断ると「ちげーよ、これは脱法ハーブだ。」と平気な顔して返答。捕まるのはごめんだと思い、すぐさま席を離れ、近くに座っていた熟女のもとへ座ると急激な吐き気が催してきた。「かなり酔ってるね。大丈夫?」と質問されたが、答える暇もなくトイレに駆け込む。個室便所に入ろうと思ったが運悪く鍵が閉まっていた。どうする?吐瀉物はもう喉元まで来ている。こうなったら!と覚悟を決め、洗面台にぶちまけた。めちゃくちゃ気持ちよかった。オナニーの時にイッたときくらいに。気づいたら洗面台がゲロまみれに。個室便所から出てきた少年が一言「うわぁ...」言葉を失ってしまったようだ。余韻に浸っていた俺は、少年の引きつった顔を見て我に返った。(どうしようか..)と焦燥感に駆られる。とりあえず流すか。と思い、掃除道具を駆使し、やっとの思いで吐瀉物を洗い流した。これが後々大変なことになってしまう。
涼しい顔で席に着くと、この忘年会に誘ってくれた先輩が美味そうに酒を飲んでいた。「お久しぶりっす!調子どうですか!」
「俺はもう死ぬんだ...寿命があと半年なんだよ。」と結構真剣な顔をして嘯く。周囲もどんよりとした雰囲気になってしまった。何かいけないことを聞いたのかと笑いながら「なんで半年で死ぬんですか!100日後に死ぬワニみたいな冗談言ってるんですねハハハハ」
「職場のストレスで死ぬんだよ。俺がいねえと回らねえんだこの職場は。」と真剣な彼。
察したのか周囲が「そんなことないよ!今すぐ辞めな!体のためだよ!」と退職を勧めている。
「いや!俺はこの職場で骨を埋めるんだ!俺がいないと工場は回らないんだ!」
と一歩も引かない様子。
「いやぁでも...」と周囲が困惑状態。
俺はウジウジしているのが虫唾が走るほど嫌いな性分で根暗なんざは蹴り殺してやらなきゃ治らないと思っているほどであるので、こういう愚痴話は聞くに堪えない。随分と酩酊していたので、変なスイッチが入ってしまった。
「こういうウジウジした男が嫌いなんすよ。マジキモいっしょ?」と周囲に同意を求めるが誰もがシラを切っている。傍から鋭い視線を感じる。ここでやめておけば良いものを。更に
「お前なんざくたばっても、社会の歯車は変わらず回り続けるんだよ。くだらねえ仕事にくだらねえプライド持ち込むなよいい歳して。」と吐き捨てると拳が飛んできた。
「おい!痛えな!この野郎!」と睨みつけると彼は拳を構え、ケンカモードに入っている。言葉で勝てないものは拳に頼るのだ。理性のない動物のように。こいつと喧嘩したら同レベルになると思い。逃げるように店を出た。会費は払ったか忘れた。多分払った。
電車を待っていると、行き交う人たちが俺の顔を見る。何かついているのかなと口元をさすってみると、赤い液体が。変なところ殴られたなあとほくそ笑み。血は止まらない。俺の歩くところには足跡のように血が垂れているので、どうしようもない。足早に寄り道もせずに帰宅し、シャワーを浴びながら鏡を見ると、口内が血だらけである。歯茎やられたなあと思い、とりあえずその日は眠りについた。
数日後、彼が働いていた職場を通ると彼の車がない。俺に踏みにじられて退職したのかと笑いながら、彼に「お疲れ様っす!」とメールを送る。そして半日後に返信が返ってきた。
「お前、洗面台に吐瀉物流したろ?従業員がトイレ掃除していたら、吐瀉物が逆流してきたらしいぞ。別途費用払ってごねてる。」
知らねえよと吐き捨て、彼の連絡先をブロックリストにぶち込み、青空を仰ぎながら、彼が四苦八苦している姿を想像しながら笑うのである。

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