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おひとりさま万歳


「名前はなんていうの?」
「海斗です。」
無愛想に答える。これも俺の取り柄だと気づいた。受付の女は笑いながら、ネームプレートに「かいと」と可愛く書きつける。
「じゃあこれ付けて、好きな席座ってて。」既に先客がいた。
「こんにちは。どこから来たんですか?」
「こんにちは。東京です。」
「ぼく、神奈川から来ました!」
「遠かったでしょう?」
「まあ電車で2時間くらいですかね!」
「遠いね。」
「何してるんですか?」
「会社員です。」
「ぼくエンジニアしてるんですよ!」
「エンジニア?」
聴き慣れないカタカナ語に首を傾げる。
「パソコンいじる職業です!」と快活に答え、キーボードを叩く所作を慣れたようにこなす。
「そういえば、街コン始めてきたんですか?」
「そうですよ。」
「俺もです!」屈託のない笑顔で答える。
「よろしく。」
周囲を見回したら、肩を組んだり、楽しげに砕けた会話をしている各々。さては、ただの街コンじゃないな。ここは、と鋭い洞察力で、早くも異様な雰囲気を感じ取る。
隣の彼は、愚鈍にも、この雰囲気には、上の空で、楽しげに会話に混じっていた。
「お疲れ様〜!じゃあ始めようか!バッシー!乾杯の音頭オナシャス〜!」
使い慣れた淫夢用語。ゲイビデオの語録を日常会話で使えるとは、さてはコイツ玄人だ。
「かんぱーい!!」
「「かんぱーい!」」
戦いの火蓋が切られた。
さっきの淫夢の使い手がこちらへ駆けてきた。
「こんにちは!かいとくんだよね!よろしく!」
「よろしくお願いします。」
「どうよ!ここのオフ会は!居心地いいでしょ!」
「はははそうですね。(やっぱりだ。オフ会の集まりだ)」
「ぼくはここの幹事でーす!さあさ!飲んでいってよ!こっちの方が面白いよ!こっちで飲みな!」
と、幹事に連れられ、5、6人ぐらいのグループに打ち込まれる。
「おっ初参加君!かいとくんって言うんだね!よろしく!」
話に入れず、とめどなく時間が流れ去って行き、かなり精神的ストレスになっていた。
唐突に話題が俺に回ってきた。
「そう言えば、かいとくんは、趣味とかあるの?」
「ありますよ。もっぱら読書ですね。最近は、プラトン全集を購ったので、精読して勉強してます。」
可愛げのある女性が食いついてくる。
「ふーん、熱心だねえ!いくらしたの?」
「10万ちょっとです。状態が良かったのでいい買い物でした!」
「たっけー!高額すぎてありえないよー!」
「枕にすれば高いですけど、読めば安いものですよ。」
「ふーん、そうなんだ。恋とかしないの?」
余談だが、哲学に興味がある女性は、この世に3割も満たないという。古代哲学からの哲学者たちを見れば説明は不要だと思う。
「しますよ。まあ一度も付き合ったことはないので、恋は、文学でしか経験したことがないです。最近だとアドルフって作品を読みましたが、笑いが止まらなかったですね。悲劇とも言える喜劇。素晴らしい出来ですよ!あなたにも是非読んでもらいたいなあ!」
「ふーん、そうなんだ。」
金髪の男が話しかけてきた。
「女に興味ないってわけではないの?」
「ありますね。このあとソープ行きます。」
痛快な顔をして、堂々と宣言した。男性陣は笑っていたが、むろん女性陣の顔は引きつっていた。嘲笑う声も聞こえる。空気を察したのか幹事が声をかける。
「じゃあ、二次会行きましょうか皆さん!参加費は5000円です!よろしくお願いします!」
「「はーい!」」
やることもなかったので、二次会に参加することにした。5000円とはずいぶん高い、バーでもいくのかな。と期待を胸に付いていくと、カラオケの文字が。
「みなさん!ここが二次会会場です!参加費を集めまーす!」
カラオケで5000円ってぼったくりじゃねえか!と思い逃げようとするが、先ほどの金髪に捕まり、男性陣の同じ部屋に入る。
「好きなの歌っていいよ〜!」
と促されても、誰もマイクを取らない。
俺は、酔っ払っていたので、そんなつまらない空気を無視して、あいみょんの曲をかたっぱしから入れる。いつも口ずさんでいるので、ほとんど歌える。
ハレノヒ、マリーゴールド、君はロックを聴かない、今夜このまま、満月の夜なら...と周囲の目をきに気にせず歌い続ける。最近、漂白という歌にはまっている。「十代のうちに人を何人愛せるかな 私は今日も何かを求めてる」という歌い出しが好きだ。
かなり熱唱していたので、周囲が見えなくなる。最初は茶化していた人もいたが、だんだんとその耳障りな音も聞こえて来なくなった。
喉が渇いたな、と思い、酒を頼もうと思い、間奏の時に「カシスオレンジ頼んで!」と読んでみると、声は聞こえない。周囲を見渡すと、誰一人いなくなっていた。

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