それでも僕は本屋をやりたい
全ての始まり
バイト先のブックカフェが閉店となる(4月4日)。東京は丸の内、赤レンガ造りの丸の内駅舎のすぐ側にそびえ立つ、商業施設兼オフィスビルの低層部分に入るその店は、緊急事態宣言下に緊急事態に襲われたようだ。今思えば、予兆はいくつかあったように思う。事務所に経営コンサルタントや重役がちょこちょこ出勤していたり、店のレイアウトが変わったり。
他人事のように話している僕も、緊急事態宣言に伴ってシフトに入りにくくなったことで僕の月の書籍代は大幅削減をせざるを得なかった。丁度、そのシフトに入りにくくなったタイミングで中目黒にある書店のバイトをゲットしたことで、書籍代削減生活は長期化を免れた。それでも、店長からバイトに閉店を告げるLINEが送られてから幾週か経った今で毎晩のように「気のせいではないか?」とLINEを確認してしまう。そして当然、その悲しい現実が変わることはなかった。
事実は小説よりも奇なりとは言ったもので、本当に想像もしていなかったようなことを目の当たりにすると、夢なんじゃないかと思ってしまう。徐々に徐々に、ネットで偶然あの店を見つけた日のこと、面接に行った日のこと、なんとか他のバイトの学生と関係を築こうとめちゃめちゃ喋りかけた結果、自分が疲弊したこと、ソーシャルディスタンスの世の中にあって肩がくっつくくらい真横に立ってしゃべる可愛い先輩がいたこと、細かいことを言ううるさい先輩だなと思ってたら実はめちゃ可愛かったこと。思い出せば思い出すほど、楽しかったあんなことやこんなことが脳内に蘇る。もちろん、これはごくごく一部で、本当はもっとまっとうな想い出がたくさんある。パッと出てこないだけだ。
本屋バイトを始めた理由
僕がこのブックカフェでバイトを始めたのは2つの理由からだ。将来、本屋をやりたいから。そして、社割で本を買いたかったから。2つ目の理由に関しては、始めて直ぐに実現した。社割と言っても、そもそも利益率が低い本なのでその額はわずかではあったが、なんとなく選んで買う体験に付加価値が付いていた。
本屋をやるということについても、そう遠くないいつかに絶対に実現したい。静かな通りの路面に構えるその店はこじんまりと、無骨に本が並んでいるわけではなく、コーヒーを片手に読める場所があって。本を媒介にして人と人とが交わる場所であってほしい。その店の書店員は探している本が見つからない時にのみ頼られる存在ではなく、お客さんと本が出会うその場を仕掛ける人でありたい。
本との出会い
「それでも」とタイトルを付けたのにはもちろん意味がある。
その前に、僕の本に対する想いを知ってほしい。僅かに短い20年を思い返すと僕の短い人生の様々な場面で本や、本と関わる人とのエピソードがある。本と出会い、触れ続けるきっかけとなったのは幼稚園の頃、バスで通園していた時に母親が僕に読み聞かせをしてくれた。もはやその記憶はほとんどないが、僕が2人掛けの席の窓側に座った直後、知らないおばさんが隣に座って凄く不愉快だったことだけは今でも明瞭に覚えている。小学校に上がり、自衛隊マニアになった僕は近所の区立図書館で「防衛」の棚にあるほぼ全ての本を読んだ。児童エリアと大人のエリアが分けられていて、大人のエリアに入った時に臭う独特の臭いにもすぐに慣れた。小・中学校通して、「メディアセンター」と呼ばれていたその学校図書館にも想い出が多い。司書の先生のおすすめ本を定期的に読んでいたし、貸出数ランキングで1位になりたくて本を読んで読んで読みまくったのにその年からそのランキングがなくなったショックも今でも覚えている。さすが、徒競走1つからも競争の論理を排斥し、「協走」という謎の競技に変える学校だけある。皮肉なことにその協働は、決して表に出ることはない、言わば点数稼ぎという競争が生んだ。「セックス」という言葉が面白すぎてしょうがなかった頃には、広辞苑が相棒になった。教室にある小学生用の辞典には当然そんな言葉は載っていない。オナニーの語源が旧約聖書にあると知った時がおそらく初めて知的に興奮した瞬間だった。
それでも本屋をやりたい
「それでも」としたのはバイト先に限らず、「本屋」という業種は他の業種と比べてもそれ一本でやっていくことが本当に厳しい。再販売価格維持制度と呼ばれる制度により、書店は出版社が決定した販売価格で販売しなければならない。つまり、家電量販店のように努力によって価格を安くすることができない。そして、飲食店は必要な資格や建築基準に従えば基本的に誰でも開業できるが、書店の場合は取次と呼ばれるトーハン・日販の大手2社に代表される出版社と書店の卸業者を通す必要がある。そして特にこの2社と契約する際、多くの費用を必要とする。そしてさらに、本の利益率は低く、1冊あたり1割から2割と言われている。ここ10年、ここにamazonに代表されるネットショッピングやデジタル化、コンテンツの多様化により、「本」自体の需要が減少している(2020年に限ってはそうとも言い切れない結果が出ているが)。それらが追い打ちをかけ「街の本屋」は消え、画一的などこにでもあるコンビニやスーパーへと化した。こうした状況でもなお、僕はやはり本が置かれ、集う場所の灯りを守りたい。そして、現代にフィットした形で、そして今後の変化にも柔軟に対応しながら灯し続けたい。だからこそ、まずは移動の本屋から始めようと思う。数十冊、古本も併せて幅広い価格帯で棚を作りたい。人との出会いがその棚を豊かにしていくと信じているし、反対にその棚がその人の人生に今よりも少しだけ彩りを加えると思う。そうした、相互に刺激しあうこと楽しめる場にしたい。ネットショップも開設し、そこでは移動本屋とは全く異なった路線で、それでも核心部分はブラさずに本との出会い、本を介した人と人との出会いが生まれるきっかけを仕掛けていきたい。路面店は家賃が高いし、中小取次や神田村との契約をするにしてもそれなりの数の本を置こうと思うと結構な学が必要になる。手近にできることから、徐々に徐々にその根を伸ばしてそう遠くない未来に大きな木にしたい。
そして、2500字を超える文章の最後まで読んでくれた熱い想いを共有できる人とともにこの「芽」に水をかけていきたい。
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