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高橋凉子さんの個展『in the light and the water』を観た(2017/11/4)

女性にとって髪の毛は命。と、よく例えられる。

実際そこまでいかずとも美の象徴であったり、髪の毛のセットにほんの数ミリ単位でこだわりがある人も多いのでは。

そんな女性の髪の毛を使った作品の展覧会。

展示されている作品は、鏡の上に吹けば飛んでしまうような置き方をされた大量の髪の毛があり、鏡面を反射して壁に作者の故郷の湖が映し出されているものや、押し花を髪の毛で縫い付けているもの、枝に髪の毛が巻き付けられ木の実のようになっているもの、髪の毛の刺繍、蜘蛛の巣がはった水の入ったグラス、自然の中で長い三編みを切り肩を震わせる女性の映像等々。

髪の毛を纏めて形にしている作品は綺麗だけれど、髪の毛が散らばっている作品には若干の薄気味悪さを感じた。

会場に置かれていた展覧会概要によると、作者の高橋凉子さんは身近な人の突然の死に直面して制作から距離を置いていたそうで、その後生活の拠点を北海道の根室市に移し、野生動物の朽ちて行く姿や、恐ろしく感じるほどに生命力を持った植物を目の当たりにし、生と死の循環を美しく感じる日々を重ね、身近な人の死を少しずつ受け入れ、この展覧会開催に至ったそうだ。


恋人にフラれたとか、気分転換をしたいとか、何かと決別する時に髪を切るという行動は、生まれ変わりの儀式のようだと思う。それでも気持ちを全て消し去る事はできずに、ほんの少しの記憶と教訓と共に生きていくものだと思う。
そんな髪の毛と木から抜け落ちる枝葉を重ね合わせると似ているモノがあると思う。
木に必要とされなくなり枝葉は抜け落ちるように見えて、長い時間をかけて腐葉土となりまた木の養分となっている。

地球上で生きている以上、死を蔑ろにする事はできない。大切な人や動物を亡くした直後というのは、死はとてつもなく受け入れ難いものだけれど、生死は循環していて、朽ちた肉体はカタチを変えて地球上に紛れ込んでいる。

とんでも科学なのか本気の話なのかは分からないけれど、人の想いは素粒子という説もあるらしい。

女性の髪の毛を通して見た地球の大きな命の循環は、真実であり、肉体が亡くなってもそばにいる、そうであって欲しい、という願いのようにも思えた。

会場:GALLERY MoMo Projects 六本木
期間:2017年10月7日~11月4日
入場料:無料

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