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書評 #90|火星ダーク・バラード

 ディストピアと化した火星。遺伝子操作によって生み出された新人類、プログレッシブがその象徴だ。火星の開拓。人類の進化。その希求の根幹に善意はあったのか。私利私欲によって失せたのか。完全にはなれない人間。不完全な人間がシステムを作り、システムを嫌う人間が新たなシステムを作る連鎖。その構図は村上龍の「愛と幻想のファシズム」を想起させる。

 システムに抗う力としての自我や暴力。恋の物語も織り交ぜながら、人と人とが交わることによって生み出される力も「超共感性」と呼ばれる特殊な能力によって表現される。事件に巻き込まれ、結果として権力に立ち向かうことになった主人公とディストピアの象徴でもあるヒロイン。火星治安管理局員の水島烈とアデリーンの逃亡劇は好都合な場面が多いことは否めないが、それは先進的な火星の姿を想像しながら巡る冒険でもある。人間と社会の風刺をエンターテインメントへと昇華した作品。


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