書評 #51|心が震えるか、否か。
『心が震えるか、否か。』は真摯な作品だ。香川真司が心の声に向き合い、ミムラユウスケがそれらの声を一つに紡ぐ。濃密な言葉の数々は細部へと眼を向ける、香川の丁寧な性格を表現しているような気がした。
本書は出会いの物語でもある。努力を継続する力。天真爛漫な一面も持ち合わせる人間性は人々を魅了し、ライバルたちを凌駕していく原動力となる。小菊昭雄、レヴイー・クルピ、ユルゲン・クロップ、アレックス・ファーガソン、トーマス・トゥヘル。師たちと出会い、その出会いを力へと変えながら、香川は待ち受ける扉を次々と開いていく。
素早く、巧み。泥臭く走ることも厭わないプレースタイルは日本人の特性を凝縮しているとさえ感じる。瞬時に力量差を見極める才。新たな環境に適応する力。香川の才能が道を作り、努力がその背中を後押しする。
マンチェスター・ユナイテッドやサラゴサでの苦闘の日々も興味深い。自主性を重んじる環境を「大人」と表現し、スペインでは土質の違いにも眼を向けた。類い稀なる才能を持ち合わせているからこそ、数々の苦難に直面し、時に苦悩していたようにも感じる。しかし、悩むことから考えることへと意識を切り替えたことは、紛れもない成長であり、成熟の証ではないか。
自分自身のルーツである仙台に立ち返りながら、香川は世界中を駆け巡る。樹木の年輪のように、足跡を刻みながら。香川真司は間違いなく特別な人物だろう。しかし、『心が震えるか、否か。』には誰しもが持ち得る、一人の人間の生き様が描かれている。
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