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書評 #10|ライオンのおやつ

「生きることは、誰かの光になること」

 小川糸の『ライオンのおやつ』はこの言葉に集約される。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 人の生死を扱った本作。重厚なテーマを手触りの良い文体と軽妙なやりとりによって包み、読者の心を開く役割を果たしている。

 「死が受け入れられない事実を受け入れる葛藤」。主人公である海野雫に訪れる死への緩やかな流れ。死とは無縁の描写から過ぎ行く時間の感覚や身体の変化が生々しさと軽やかさを同居させて語られる。

 もう一度食べたいおやつをリクエストする「ライオンのおやつ」。豆花、カヌレ、アップルパイ、牡丹餅、ミルクレープ、レーズンサンド。「ささやかな希望」を追い求めてホスピスで生きる人々にとって、生き生きと描かれたおやつの数々は生の象徴だ。そして、その思い出には必ず他者が介在している。そのおやつで自分自身を満たすことはもう叶わない。それは他者への感謝のおやつなのだ。

 人の生死を形容するために使われた「蝋燭の火」という表現。作中で描かれる死の数々は死を迎え入れる事実に向き合うこと、自分自身を徹底的に見つめ直すことで火は強く燃え、美しく消える。

 最近読んだ吉本ばななの『デッドエンドの思い出』で「生死の境界線の薄さ」を感じた。そして、『ライオンのおやつ』を通じて異なる角度からそこに手を入れたような感触を覚える。『ライオンのおやつ』を読み、眼の前にある風景や匂いが微妙に変わったような感覚を味わう。眼に映るものではない。しかし、輪郭が光を放っているような気がする。


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