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書評 #13|下町ロケット ヤタガラス

 仕事の意義。誰のために。何のために。『下町ロケット ヤタガラス』は読者にそれを語り続ける。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 作品の軸として据えられた大企業と中小企業の対立。巧みなプロモーションにより、流れは終始中小企業側に傾く。しかし、その背景には過去に対する復讐がある。言い換えれば、復讐は自分のため。世のため、人のためを標榜する佃製作所の理念とは真逆だ。芯の脆弱な仕事は崩壊に至り、終盤の大逆転劇へと帰結する。

 本質の追求。それは機会を呼び込み、事態を好転させていく。現実社会ではここまで円滑に物事は進まないのかもしれない。しかし、価値軸を利己ではなく、利他に置くことの重要性を美しく描く。

 理不尽な判断によって一度はプロジェクトから外された佃製作所。その後も理念を信じ、開発を続けたからこそ、最終的に成功を手中に収める。しかし、そこで立ち止まることはないだろう。彼らの技術や情熱を求める人々が存在し続ける限り、その歩みは進み続ける。

 問題や課題に向き合うことは簡単ではない。それは反省であり、過去の自分自身への否定にもなるからだ。しかし、常に正しいことの実践が目的であれば、それは結果ではなく過程となる。

 主観と客観の共存。持つ者と持たざる者の世界は二分する。帝国重工という大組織には多様な価値観が存在する。しかし、社長の藤間秀樹はこの言葉で道に光を照らす。

「世の中の流れ、競合の存在。市場のニーズ。そういったものを無視して、簡単に出来ることしかやらない。自分たちが世の中心だと思っている連中に、新規事業ができるはずがない。」

 「正しいことほど、強いものはない」と僕は仕事の現場で教わった。『下町ロケット ヤタガラス』における描写の数々は、この言葉が持つ普遍の強さを再認識させてくれる。


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