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「鬱は甘え」だと思っていた話
ちょっと前にSNSで「鬱は甘え」論争が繰り広げられていた。
私は高校生の頃、パニック障害に伴ってうつ状態と診断された。その後、現在の主治医からうつ病と診断され、紆余曲折を経て双極性障害で落ち着いている。
私は双極性障害と診断されるまで、いわゆるうつ状態に苦しんだ。そもそも双極性障害の診断がついた理由は、単極性のうつ病での治療で効果が見られなかったからだ。つまり、正確な診断名はあやふやなまま。
以前、とあるSNSで仲良くなったフォロワーから「精神科なんて行けば誰でも診断名もらえる」と冷たく突き放されたことがある。そんなわけで私はその人をブロ解してしまった。それさえなければウマが合うと思っていたのに。
確かに精神科は診断するのが難しいと言われている。ひと口にうつ病と言っても人によって症状が違ったりする。
それでも私は大学で心理学を学び、精神医学も少しばかり学んだ。そんな私から言えることは、あらゆる精神疾患にはきちんと診断基準が設けられており、それはちゃんとした病気であるということ。
そういう正しい知識を得たことで、少し救われた部分もある。
「私はふざけているわけじゃないし、甘えているわけでもない。ちゃんとした病気なのだ」ということ。
タイトルにもあるように、私は何度となく「鬱は甘え」と信じてきた。
学校行けなかったこと、バイトも行けなかったこと。何度となく自分を疑った。
「なんで行かない?」「甘えているのか?」「頑張ればできるはずだ」などなど。。
そのためにはシミュレーションまでした。起きて家を出るまでを。
でもやっぱり出来ないものは出来ない。お金が無くて食べるものがない状況でもバイトには行けなかった。留年しそうなのに、学校には行けなかった。
ピンチと隣り合わせでも、やっぱり抗えないのだ。
そういうのを繰り返すことで、やっと諦めることができるようになった。
しょーがない。
目が見えない人が本を読むことができないように。耳が聞こえない人がイヤホン越しに音楽を聴くことができないように。
私も精神障害のせいでできないことがある。だから手帳を申請できた。
そうやって諦めることにした。
諦めるな!って言う人もいるし、人生諦めが肝心って言う人もいる。
私はどちらでもなく、諦める必要がある。
鬱によって今まで出来ていたことが出来なくなること。それがとても絶望的であることを知った。
だから私は少しでも同じ境遇の人に寄り添いたいと思うし、理解者でありたいと思う。
なるべくポジティブに前を向いて生きていきたい。
おわり。
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