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等距離恋愛。_1丁目3番地 受話器越しの声

_pluuuuuu.


_ピッ


_はっ、はい。


からっぽの鳥かごのような部屋に鳴り響く、ほんのりと微熱を帯びた着信音。発した言葉は思いの外うわずり、小さな音とになって沈黙に溶けていった。

受話器越しでクスッと笑う声が聞こえる。

_小鳥のさえずりみたいな声やな。

からかったような言葉とは相反してその声はとても優しく、かすれていた。

_...キミがそう聞こえたならそうなんじゃないかな。ほら、もう朝だし小鳥が鳴き始めてもおかしくないでしょう?

恥ずかしさを隠すように、興奮気味に言葉を投げつけた。

_あ、ちがった。猿山のボスザルやった。

_...なんて?

初めての電話なのにやたらと馬鹿にしてくる彼。でも、それは意外と嫌じゃなかった。

_ごめんごめん(笑)でんわ切られそうやけんもうこのくだり、やめとくわ(笑)

_もう親指様がボタンの上で鎮座なさってます

わざと冷たく返事をしてみる。

_おい、待てw緊張とれたやろ?

どうやら緊張してるのを察して、わざとからかう様なそぶりをしてくれたみたいだ。さり気ない優しさに心がグラっと揺れ、なんて言っていいのかわからず押し黙ってしまう。

_改めて、自己紹介しやん?

提案してきたのは彼の方からだった。

_うん、するっ

改まって話すのはどうしても苦手だったが、彼のことをもっと知りたいという好奇心がそうさせた。

_じゃあ、まずは俺から。名前は土肥  奏太(どい そなた)。熊本出身で高卒でこっちきて鉄道関係の会社に就職しよっと。社会人一年目やね。

彼のプロフィールを頭のノートに丁寧に書き込んでいく。初めて耳にする名前、方言。そして、声のかたち。

_訛りは九州の方だったんだ。どうりで聞き馴染みのないイントネーションだと思った。高校卒業と共に地元を出て上京してもうすぐ一年ってことは...あれ? もしかしてまだ10代?

思わず声が大きくなってしまった

_そうやよ~。もしかしなくてもまだピチピチの19歳。

何の気なしに返ってくる返事。

_うわあ、1つ下だったんだ...

思わず肩を落としてしまった

つい最近、成人式を迎えた私にとって10代と20代に大きな差を感じていた。でも彼はそんなこと全く気にする様子もなく、

_1年早くこの世界にたどり着いただけなんやし、数字だけで人を判断するのはどうかと思うんよね

_まあ、それもそうかな

彼のことばにはいちいち説得力というか、人の心を掴む魅力がある。

言葉が好きなわたしにとって、彼の選ぶ言葉が素直に好きだと思った。

___…っておい。ちゃんと聞いてる?笑

彼の呼びかけに、ふと我に返る。

_あ、ごめんごめん。うん、きいてたよ!途中までは!(笑)

_そか、って途中までかい!最後凄い大事なこと言ったのに聞き逃したんや〜

_えっなになんて言ったの?もう一回おねがい!

_どうしようかな〜

_おねがい!!!!

_実は、俺…

_うんうん、なに?

_…やっぱりやめとこw

_え~!!そこまで言ったら言おうよ!!!気になる!

_ミステリアスな方かっこいいやろ?

_そういうキャラじゃないじゃん

_それは否めん(笑)

くだらないやりとりは、どうやらコミュニケーションツールが変わっても健在らしい。

寧ろ画面上の文字よりリズムやトーンがあって楽しかった。

彼から聞き出すのを諦め、今度は私の自己紹介をする。

_えーっと、名前は...

昔から自己紹介がすごく苦手だった。
自分の名前が嫌いなわけではない。

紹介するというのは要するに、相手に対象となる「それ」を知ってもらえるようアピールするということ。

当然、わざわざ相手と自分の時間を使って紹介するものなんだから「それ」の魅力を伝えられるような言葉を選ぶべきなのだと思う。

だけど自分自身にこれっぽっちも自信のない私は、どうしても「それ(=自分)」の魅力を語ることができなかった。

血液型、誕生日、出身地…。

人間様が生きていく中で、身勝手につけた「ラベル」を淡々と並べる。実に便利なものだ。

ふと、高校の入学式の時を思い出す。

__わたしさ、名字が「わ」で名前が「ゆ」で始まるもんだから出席番号はいつも一番最後だったんだよね。小・中・高、12年間ずっと。専門学校と保育園時代も含めたら、私はこの20年間ずっと後ろにいたんだなあ。

__…。

彼からの反応はなかったが私はそのまま話を続けた。

__後ろから、みんなのことをいつも見てた。高校の入学式の日の自己紹介はまさかの「1番後ろの人から」で顔が真っ赤になるくらい緊張したっけ...。顔は赤いのに頭の中は真っ白。紅白まんじゅうか!ってね(笑)正直、何を言ったかとかどんな表情だったか全く覚えてないや

_…。

一方的に話しすぎたことに気づき、

_あ、ごめん。いきなり変なこと言って...

こんな話つまんなかったよなあ、という後悔が押し寄せる。

少し間を置いて、「彼」はゆっくりと言葉を紡いだ。

_自分の魅力なんて、自分ではわからないものやろ。不完全やけん人は魅力的になろうと努力しよる。その姿こそ本当の意味で魅力的だと思わん?一番後ろからみんなのことを見とってどう思ったん?

どう思ってた、か…

_…みんな、それぞれ違うかたち、空気、色をもっていて魅力的だと思った。自分の持ってないものを持っていて、単純に羨ましいとも思ってた。でもその反面、汚いところも見えてそれがすごく嫌だった。

_そうやろ。その人たちにはその人たちの魅力があって、悪いところもあるん。いくらなりたくても、完全に同じになるなんてムリなんよ。やけど、いいと思ったことはまねしよって自分のものにせんとね。

_いいと思ったことだけ盗むってことね。

_そーやと。いいとこのつまみ食いしい。

_つまみぐいww

_そこ笑うとこじゃないやろw

_そうだね。(笑)肝に銘じとく。

_全身に刻め。背中に彫れ。

_はーい。(笑)
あ~、つまみ食いとかいうからお腹すいた〜

_俺も。昨日の昼から何もくってねえ…

_え、それは減る。もう朝だよ。

_あ、ほんとや〜。眠くないん?

_うん、なんか目覚めちゃって。

_俺も。

それから他愛もない話をして、お互いに徹夜明けの朝ご飯を食べ、歯を磨いた。もちろん、電話は繋げたまま。

独りのはずなのに、近くに彼がいるみたいでいつの間にか寂しさなんてどっかに行ってしまっていた。

_それでね、…んがね、た…

いつの間にやら睡魔に襲われ、ベットの上で意識が朦朧としぷつんと途切れた


_1丁目4番地 せっかちな時計


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