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「なぜ?」が溢れた場所

ガーナを訪れる!と決めたときから、必ず行こうと思っていた場所がある。

それは奴隷貿易のために使用されていたお城、エルミナ城だ。


海のすぐそばに位置し、建築当初は高台にいる王様を守るために使用されていたそうだ。


その後、ポルトガル、オランダが貿易のためにお互い経済発展を支えましょう、ということで駐在した。

しばらく経つと、人々が働き手として海外へ送られるようになった。


この時点では水や食糧はしっかりと与えられ、排泄もトイレですることができ、人間として対等な関係を築いていた。お金もわずかながらもらっていたらしい。


すべてが変わったのは、イギリスが駐在しはじめてから。

人権などまったく考えず、彼らはアフリカの人たちを同じ人間とは考えていなかった。

雨水しか飲む水がなく、病気にかかる人がたくさんいた。

病気にかかると、病人専用の部屋へ運ばれる。

亡くなった人たちの身体は海へと捨てられる。


奴隷開放があったのは、約200年前。たったの200年。それまで約150年間、3ヶ月に一度約1000人もの人が収容され、遥か遠い海外へと運ばれた。


船へ渡る際の出口は私ひとりが頑張って通れる大きさだった。

3ヶ月ろくに食べず飲まずの彼らはやせ細り、通ることができるようになってしまう。

船には積み木のように積まれ、水や食糧はほぼ与えられず長いときは約9ヶ月航海をする。

着いた時点で、3人に1人生きていれば良い方とされていたそう。


女性奴隷は航海前、性奴隷として働かされることもあった。

階上から品定めをするイギリス人。

女性奴隷が収容されている場所から階上のイギリス人のベッドルームに直通する階段があり、生々しさを感じた。

妊娠すれば近くの村で子供を育てることができた。

そっちのほうが、命の安全はこのお城にいるよりもずっと高い。

でも生き延びることができたとしても、ずっと苦しかったんじゃないかな。

自分の友人や知人、家族を痛めつける人との子供。

愛せるのかな。

自分の命だけ救われて、罪悪感でどうしようもないと思う。

イギリス人が滞在していた部屋は陽気な黄色で彩られ、オーシャンビューで、とても清潔。


こんなことがたった200年前まで実際に起きていたなんて信じられるだろうか?

こんな残酷な現実があったにも関わらず、宗教や民族の虐殺はその後も起こっている。


なぜ奴隷制度は始まったの?

炎天下の中、体力のある働き手が必要だったから?

なぜ対等に接しないの?

肌の色?

なぜ奴隷制度は終わったの?

彼らに人権があると気がついたから?

なぜ女性は性奴隷としても使われたの?

なぜ彼らの命や人生を考えられなかったの?

なぜ同じ人間として愛を持って接せなかったの?


部屋にはいまもなお臭いが染み付いていた。

病人や弱った人々が入れられていた部屋は尚更だった。


私はこうして文字で、言葉で何があったのか、

私がどう感じたのかを伝えることができるけど、

実際にその場に行き五感で感じるものはひとりひとり異なるし、それに勝るものはないと思う。


奴隷貿易に加担していた国だけが悪いというのではない。

人間の強欲が産み出した奴隷という制度。

同じ人間として絶対に自分はしない!とは言えないと思う。


粗利率50%
と言われていた奴隷産業。

お金のためなら!というビジネスのスタイルは今も変わっていない。

お金のために働いているひとがほとんどの世の中だ。

お金のために人を苦しめる手段を選ばないって本当にこころから誓えるだろうか?


隣の国、トーゴでは子供の人身売買がいまも行われている。

働き手として将来有望なのはやはり子供たちなのだ。


200年前まで150年ものあいだ、奴隷で繁栄を続けてきたからこそ、あらゆる知識や技術が乏しい。

そこに貧困の理由が重なると私は思う。


彼らは、先進国は私たちを奴隷として扱っていた。

だからこそ今も継続的な支援をするべきだ。

お金や物資を届けるのは当たり前のことだ。

と思っているひともいるそうだ。



お金や物資の代わりに知識や技術を提供するほうが、

彼らの継続的な支援につながると私は思うが、中々うまくいかなそう。


過去の悲しい出来事を現実として受け止めて、前に進むにはどうしたらいいのだろうか。

ヤオが伝えてくれたように、人種差別はいまでもあらゆるところで起きている。


私たちはみんな同じ人間であって、地球上に他の種類の人間はいない。

なのにどうして争うんだろう。

どうして他の動物とも仲良くできないんだろう。

どうして母なる地球を壊してしまうんだろう。

原点に戻ってみれば、

私たちはみんな自然の恩恵で生きていて、

遥か昔はみんな家族だったのに。


困っているひとがいたら自分の家族だと思って、手を差し出したい。


些細なことから平和は生まれるはず。

それが伝播してみんなが幸せに暮らせたら、素敵だよね。


ガーナの人は、そんな過去を抱えていながらも灼熱の太陽の下でよく働き、よく歌い、よく踊り、私に笑顔を分けてくれます。(ありがとう!)


まずは知ること、そして経験すること。


それが地球でなにが起きているのか、なにが起きていたのをより明確に分析する手がかりになるはず。


ぜひ、ガーナを訪れて欲しい。見えなかったことが見えてくるかも。


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