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さくらと痔

ー 前編 ー
ー 元引きこもりと、おじさん ー


朝から「寒い」だの「えっ雪?」だの、大量のツイートが流れてきていた。東京で桜が開花したあの日だった。

昨日冷たい雨だという予報を出した張本人の私。でも今日となっては他人事だった。ツイートを流し読みしながら、飛行機の座席に身を置いていた。どこか浮き足立った、地に足のつかない感覚を楽しんでいた。

今日は、初めて推しに会いに行く日だった。


彼女を知ったのは一年ほど前。


おじさん三人と座談会をする機会があったのだが、三人とも彼女の魅力について熱弁していた。


写真では笑顔だが、顔を作って話を合わせるのに必死だった。彼女に会ったことがないのは私だけだったから。

高校の友達グループの中で、昨夜の話題のテレビを観ていなかった時。この置いてきぼり感。あぁまたハブられる。苦い青春の味。


時を戻そう。推しの話だ。


高校時代の苦い経験から、
最初は彼女のことをもっと知らなければならないという義務感であった。

しかし彼女のことを調べるうちに、彼女の魅力に取りつかれていた。

推しとはこの子である。 

名前は「くまの」、和歌山県出身の巫女だ。

私が思う彼女の魅力は

①透き通る白い肌と、桃色の髪
②小さめで控え目な、つぶらな瞳
③ほっそりした腕と長く伸びる脚
④気持ちが優しく、引っ込み思案で内気

特に④が魅力であり、裏を返せば難関だった。

私はいつしか彼女に直接会ってみたくなったのだが、彼女は簡単に会える存在ではなかったのだ。


なぜなら、彼女は元引きこもり。

二年前にデビューしたはいいものの、相当な引っ込み思案で、なかなか人前に出てこないらしい。


実はおじさんのうちの一人は、彼女をデビューさせた人なのだが、そのおじさんでも元引きこもりの彼女を東京に引っ張り出すことはできなくて、和歌山まで会いに行く必要があった。

デビューしたのに人前には出ないってなんでだよ!いや、そういうタイプの子がいてもいいだろ!多様性の時代だろ!

いま流行りの「ノリ突っ込まない」でいると、飛行機が関西国際空港に到着した。

この難攻不落感、わくわくする。


ー 後編 ー
ー 私が得たものと、失ったもの ー


関西国際空港でレンタカーを借りた。
約一年半ぶりの運転だった。
運転するのは一年半ぶりだが、ゴールド免許だから大丈夫だろう。

ゴールドなのは、運転回数が少ないから。ただそれだけ。

今考えると、生きて帰ってこられてよかった。


生きては帰ってきたものの、私はいくつかの健康を失った。

私は関空から車で三時間ほどの和歌山県内まで運転したのだが、
久々に運転したせいで肩に力が入りっぱなしで肩が凝り、持病の顎関節症が悪化した。


だが、たくさんの苦労をしたほうが、会えたときの喜びは大きい。

遠距離恋愛でもそうだし、ロミオとジュリエット理論でもあるし、登山のようでもあるし、そもそも旅とはそんなものである。

私が彼女に会いに行った3月14日、ファンのオフ会も開催されていたため、私はオフ会に参加した。

オフ会の主催者は、神奈川県から移住してきた医者の、矢倉寛之さんだった。

矢倉氏は彼女がいかに守られるべき存在なのかを熱弁しつつ、私たちを彼女に会える会場にいざなってくれた。


目に入ってきたぱっと目を引く華やかさに、私は目を見開いた。

キレイ…

口から出たのは、このたった一言だった。

彼女とは、桜である。クマノザクラという、2018年に勝木俊雄さんによって発見された、桜の野生種だ。

桜は350~400もの品種があると言われ、今が盛りのソメイヨシノも桜の品種の1つである。このソメイヨシノは園芸品種、つまり、人によって作りだされた品種だ。

一方でクマノザクラは、紀伊半島の山の中に元々自生していた野生種。

野生種は日本に10しかない。(エドヒガン、オオシマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、マメザクラ、ミヤマザクラ、ヤマザクラ、カンヒザクラ)

それを座談会で出会ったおじさん・勝木氏が特定・発見し、クマノザクラをあわせて11品種となった。

クマノザクラに魅せられる理由の一つは、野生種であるという所である。

矢倉寛之さんは、クマノザクラの現地調査を行っている現地在住の樹木医である。


ちなみにクマノザクラを発見したのは勝木氏だが、くまのちゃんをプロデュースしたのも勝木氏である。


勝木氏によるキャラ設定を紹介しよう。

くまの クマノザクラ タイプ標本が和歌山県古座川町産であることから、和歌山出身 分布地の熊野古道・熊野三山イメージから神社の巫女 ヤマザクラと混同され2018年に新発表されたことから、引きこもり 花弁色が白〜淡紅色であることから、イメージカラーは桜色(#fef4f4)


ちなみに今をときめくソメイヨシノもキャラクターとして産み出している。

そめい ‘染井吉野’ 江戸の染井村から広まったことから、東京出身 もっとも身近なサクラで、たいへん人気があることから、都会のアイドル ただ、実は大量生産されているクローン人間 他との差別化からポップなイメージから、イメージカラーのオリジナルはyellow(#ffff00)

他にも「ひがん」「おおしま」「よしの」「かすみ」など魅力的なキャラクターがいる。

いつかこの子達も、勝木先生とともに紹介していきたい。



クマノザクラを堪能し満足感に浸りながら、私は再び関空に戻ってきた。

走行距離は900キロとレンタカー屋さんから告げられ、何してたんだこの人という目で見られたが、さすがにそれは計算間違いで、500キロくらいであった。かなり運転が上達していた。

私はこの旅で、満足感とくまのちゃんに会えた思い出と、運転技術を得た。生きて帰ってこられたことに感謝した。



しかし帰京後四日目に私の身体に異変が起こった。


トイレに入ったら、紙に鮮血が付着していた。慣れない長時間運転の影響で、私は痔主になっていた。

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