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「5年日記」が残り1段。これから。

私は「コツコツ努力」が苦手です。
いろいろ手をつけますが三日坊主が多いです。

noteもそう。
小さな宿をしたいと言っていますが、開業準備がはじまっているわけではないので、すぐにnoteの更新が滞ることは想定内でした。とは言っても、「まだ影も形もない宿」の背景である自分について、今の段階から表現していきたいとはじめたんだから、もう少し更新しなさいよ、ね。

先日、お世話になっているバイク屋のおじちゃんに「夢見る夢子ちゃん」と言われ、遠い目になりました。図星だ、と。
(おじちゃんに車の内装のDIYを披露したときの発言だったんですけどね)


あいたたた。痛い。


さて今日は、こんな三日坊主の私でも毎日続けていて、唯一胸を張れる「5年日記」のことを書きます。


まず「5年日記」とは。

使っているのは、ほぼ日手帳の「5年手帳」というものです。

次の年、おなじページに書いてある過去の自分の文字を、ちょっとあらたな気持ちで読める5年手帳は、時間を超えて、自分と話しているような、おもしろさもあります。
ほぼ日手帳ホームページより


写真の通り、同じ日のページが5段に区切られていて、1年ごとに1段ずつ書いていきます。
私は現在4年目なので4段目にあたります。

楽しくなるのは2年目から。つまり2段目。

同じ日に同じアイス食べて喜んでる!とか、
去年も同じ人と会ってる!とか、
プチミラクルに感動します。

それに、映画や本、ドキュメンタリーなどで響いた言葉が書いてあると、また同じように励ましになるし、

何かに悩んでいる様子が何日か続いて、それを乗り越える過程を毎晩少しずつ追って振り返ることができるのは自信になるし、その日記を書いてから1、2年また年を重ねて読み返すと、更に深い学びになったりします。

もちろん、細かく書いている日ばかりではなく、
「暑かったー。仕事忙しかった。疲れた。眠い。」だけの日もありますが、翌年、「へぇー去年の今日は暑かったんだ。今日寒かったけどな」という程度には、自分と会話ができて楽しいものです。


そんな5年日記、はじめた頃は「この5年は私の人生のハイライトになるはず」と思っていました。まだ5年経ってないので、過去形にしてしまうには諦めが早いですが、当初は5年の内に開業、結婚、もしかすると出産もあるかもしれないと考えていました。

それが、何も達成しないまま、もう4年目。
5年日記も残すところあと1段にも関わらず。

焦りはじめたのはこの数週間。ちょうど1年前の日記の様子を読んでからです。(まぁ私ってば、しょっちゅう焦ってますが)

1年前、尾道で空き家を紹介してくれるNPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」で、ついに理想の宿にぴったりの空き家を見つけたのです。
すぐに連絡して職員の方と一緒に内見し、数日後には家主の方に会うために再訪してお話を伺い、さらにその後、役所や建築士さんに相談する、そんなわくわくする期間があったのです。

その物件は、立地・間取り共に理想的で、外観も「れんげ荘」と呼ぶのにぴったりで、一気にイメージが広がります。
ここが管理室で、ここが客室でしょ。キッチン・ダイニングの横の3畳のスペースは図書室にして、開放的な前庭は、日向ぼっこや夕涼みができるようにして・・・

しかし、十数年も空き家であるが故に、とっても傷んでいて、最低限住めるように修繕するだけで1000万はかかると言われました。そこから内装をこだわると、軽く倍の資金が必要でしょう・・・

もともとタダみたいな金額の売り物件でしたが、家主の方はとても親身で、話していると、私が本当に宿を開業するなら応援したいからお金は不要、とまで言ってくださったのです。

それまでも物件探しで苦労してきたので、ここまで考える材料があるだけでも奇跡のようなことでした。


私が思い描く小さな宿では、大きな借金を背負うイメージは全くないので、個人の住宅ローンを組んでしまおうとも考えました。しかし、尾道特有の「土地の所有権はお寺さん」が壁になり、個人の住宅ローンは組めないことがわかりました。

では、やはり事業で10年で回収できるように収支計画を・・・となると、なかなかの高級宿にしなければいけません。
他を探そう。でもそうそう見つかるものではない。この物件なんとかならないかなぁ・・・
そうして、妄想ばかり膨らませて、のらりくらりと1年経ちました。
すると、つい先日、10年売れなかったあの物件が、ついに「契約済」になってしまったのです。

ショックでした。
でも、諦めがついて良かったのかも、執着しちゃってたし、とういう安堵の気持ちが大きい、と言ってしまう自分に対してもショック。(どういうこと?)

昨晩日記を書いていて、上の段に(つまり去年の欄に)家主さんが登場しました。あのときは、日記の4段目以降は開業準備で大忙しだと書くのだろうと思ってたのにな。

「私、これでいいの?」
そんなやるせない気持ちになったことは、少し前にもありました。
大学卒業前、仲の良いゼミメンバーで企画した、未来の自分に宛てた手紙を、30歳になってみんなで開封したときのことです。

22歳の私は質問攻めにしてきました。

仕事はどうですか。
笑顔で働けていますか。
家族は元気ですか。
甥っ子はイケメンになりましたか。
どんな恋愛をしましたか。
結婚していますか。
夏の北海道には行きましたか。
東北進出はいつでしたか。
どんな国に行きましたか。
世界一周しましたか。
大きな病気になっていませんか。
あんな夢こんな夢、忘れていませんか。
それとも、新しい夢を追っていますか。
人に恵まれていることに感謝していますか。
自分らしさを大切にできていますか。

などなど。

そして締めくくりは、

今、何かで悩んでいたとしても、あきらめずに、私らしい選択をして下さい。

嬉しくて沁みる言葉。
だけど大学生の私のまっすぐな瞳を、直視できない・・・

「いつかしたい。10年後なら出来ているだろう」と思っていたことが、いまだに「いつかしたい」のままになっていることもあり、「あれ、私いままで何してたんだろう」と、後ろめたい気持ちになりました。


それに、学生時代は学年や季節で大体の行事が決まっているから思い出す手がかりはたくさんありますが、社会人になって同じ環境で生活することが続くと、一体いつのことか思い出しにくくなります。

日々どんなに充実していても、忘れてしまえば無かったも同然かも。
そんなのもったいない。地に足をつけて、毎日何をしたか記して、着実に前に進んでいることを刻んで行こう。
そう思って、5年日記をはじめたのでした。
おかげで日々着実に成長できていることは感じられるようになりました。

でも、一番大事なことはどうだろう・・・
同じことの繰り返しじゃないか・・・
22歳の私が言う「私らしい選択」は・・・


5年日記は残り1段だ!
さぁ、どうする「夢見る夢子ちゃん」!

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