アラジン珈琲店【X版】④《クリエイティブな脳の特性》
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これは、7月に他界された俳優さんがモデルとなった現代幸福論小説です。人の生死も扱った作品ですので、よろしければ①も合わせてお読みいただき楽しんでいただければと思います^^
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④《クリエイティブな脳の特性》
「俳優業っていうのは、非常にクリエィティブな仕事らしいですなぁ。最近知ったことなんですけどね、俳優さんは演じるだけではないという話ではありませんか。演出にも意見を求められることもあるそうですなぁ。」
Xは、珈琲カップを片手に持ち替えると静かに口元に運んだ。小さな可憐な作りの珈琲カップと色白だが男らしく聡明な顔立ちとが妙に調和していた。
「えぇ、それはそうですね。僕たちを支えてくれている皆さんは、演じるだけが俳優だと思っているようですが、実際はそうではありません。演出や台詞、それからドラマの展開まで意見を求められますし、脚本の段階から監督や脚本家に加わわらせていただいていますね。いっしょになって作品を作らせていただく感じです。」
長い間沈黙に近かったXが流暢に話した。
「役作りだけでも大変そうなのに、いやぁそんな若い身でほんとに大したもんですなぁ。」
「マスターったら、さんまさんみたいな言い方ね。」
「いやぁ、一応、2枚目で通したいんですがねぇ。」
マスターは、低い声で言った。
「あ、それもさんまさん。」
「マスターと翔子さん、いいコンビですわ。」
芽衣とXが微笑んだ。
「ははは(;'∀')そうだ、クリエイティブな職の人たちの脳の仕様を知っておいたら、役に立つかもしれませんよ。もしかしたら、俳優の人たちにもあてはまるかもしれませからねぇ。」
「知ったことを披露したいんでしょう、マスター。」
翔子が気心が知れた友人を少しからかうように言った。
「まぁ、まぁ、少しだけ聞いてくれてもいいじゃないか。知識がないことには、認識も生まれない。それに知識というのは、使い方によっては最良の薬にも最強の防御力を誇る楯にも鋭利な矛にもなるもんです。少なくとも・・・、話のネタにはなるもんですな。」
「マスターは、お役に立ちたいのですわ。かねがね言っておりますわ。『わたしは、たったひとつでも迷える美しくも悲しい魂を喜びの軌道にのせたい。』と。」
芽衣のフォローはいつもさりげない。マスターは少し照れくさい様子で話した。
「まぁ、誰でも人様の役に立ちたいもんですからな。わたしも年を重ねれば重ねるほどそう言った思いが強くなってきたのですよ。説教したがりの、マウンティングおじさんになっちゃぁいないかたまに心配なんですけどねぇ。」
「あら、ご自身でおわかりなのね。」
派に衣を着せない調子の翔子の言葉にマスターは胸元に手をおきショックを受けたしぐさをした。場に笑いが生まれた。
鷹揚なマスターに、Xは疲弊したような暗さが抜けた透明度のある眼差しを向けた。
「マスター、僕は興味あります。クリエイティブな人の脳の仕様、ですか?それはどういうことですか?」
「ここ、脳みその使い方ですよ。」
真剣な顔になったマスターは、低い声でそういうと、自分の頭に人差し指をさしてみせた。
「漫画でも映画や小説でも絵画でも創造的な作品作りに真摯に従事する人は、まぁいわゆるアーティストの方々はですなぁ、どうやら脳の使い方がちょっと独特なのだそうですよ。はじめから独特なのか、アーティストを目指すからそうなるのかは知りませんが、特色のある使い方をしているっていうのはわかっているんですなぁ。」
マスターのカールする髭がひゅっと揺れた。
「ほほぉ。特色のある使い方ですか。」
Xは好奇心が刺激されたようで、珈琲カップを置き傾聴する様子を見せた。それに勢いずいたマスターは口を開いた。
「彼らはまずなんでもかんでも情報を脳みそに溜め込むんだそうですよ。耳から入ってくる情報、目から入って来る情報、それだけじゃない、鼻、肌、あらゆるところから入ってくる情報を自らの脳に蓄える。もちろん、人間だから、なんでもかんでもすべて隈なくってわけじゃぁないし、その取捨選択が作品の個性に一役買ってるくるわけなんでしょうけどね、とにかく情報をあれこれと脳に溜め込む。通常なら、すぐに脳が不要だと判断して捨てられるような情報も彼らは保持しているそうなんだよ。」
「へ~、そうなんですね~。」
好奇心が刺激され、興味津々であることを示すXのリアクションにマスターは益々勢い付いた。
「それから、アーティストのインスピレーションやらなんやらの匙加減でインプットした情報を素材にしたりスパイスにしたりといろいろ混ぜ込んでメインディッシュやらデザートに、再構築していく。こうしてまたとない宇宙でたったひとつのアートというオリジナルコースを完成させてくんですな。」
マスターの声は佳境に入る指揮者の手ぶりのように抑揚があり熱を帯びていったが、本人の手は相変わらずマイスターのそれであった。
「オリジナルコースの食後には、やっぱり珈琲もつけてほしいですがな。食後の消化にも欠かせないものですな。抗酸化作用もすごいですぞ。ははは。」
どうやらマスターは冗談をいったらしいが、芽衣も翔子も笑う気配はなかった。Xはというと、女性陣の作った間に笑いを覚えたらしく、それがわかるくらい目を見開いてから周囲の空気を一気に温かい和みのようなものに変えてしまう笑顔を浮かべた。マスターはというと、間を取り繕うように形ばかりの咳払いをした。
「ごほん。まぁ、こうして人間の創造性が生まれるという話ですよ。
彼らの脳内に蓄積された情報と、アーティストの世界観やら、経験してきた経験やらとが共鳴したときに、ふたつとない作品が生み出されるわけですなぁ。
わたしは、陶器以外はさして美術に造詣があるほうではないんですが、いやあぁ、人間の創造する世界はユニークで想像力豊かなだなぁとつくづく思いますなぁ。
詩作のように若い感性と身体中の細胞から溢れんばりの生命力、それと言葉と知性が結びつくことで生まれるような作品もあれば、
映画のように独特の世界観や架空の世界を生み出すものまである。
陶器の世界も非常におもしろいですぞ。あれはあれで、芸術とそれから職人の巧の技が合わさった深い世界ですなぁ。」
「うふふ。わたくしは絵画と建築の世界が大好きですわ。いつか、世界遺産を巡ることが夢ですの。」
芽衣が言った。
「ふうん。芽衣さん、お詳しそう。わたしは好きなロックバンドがいるくらいかしらね。UKロックファンよ。あ、そうだ。寺社巡りも好きね。あれも芸術よね。仏像さんのお顔見るの、好きなのよね。Xさんは?」
「僕は漫画も絵画も大好きです。星野道夫さんのような写真家も好きです。」
「あ、いいわよねぇ、星野さん。悠久の時の流れを一枚の写真におさめたって感じ。」
真っ白い氷の上のやさしいまなざしをしたシロクマたちの一枚を想起した翔子が少し興奮気味に言うと、芽衣も続いた。
「逆もありますわ。刹那に永久を与えたお写真って思うこともありますわ。もう地上から消えるかもしれない動物たちの姿。ときには凍てついた大地の鼓動までも聞こえますの。それに、動物たちから、命ということについて改めて考えさせられますわ。」
「先日は『旅をする木』という星野道夫さんのエッセイ本を読んだのですが、写真だけではなく言葉にも、とっても癒されました。ほんと、美しいです。アラスカに行って、僕も新しいインスピレーションを受けてみたいと思いました。(インタビュー参照)」
「あ、それ私も読んだわ。静かだけどどの文章にもなんっていうか人の深遠さとか命が継がれることの軌跡っていうか・・、そんな感慨を感じさせるエッセイ集よね~。(変更加筆予定)」
「ヒグマに襲われて他界されたんでしたなぁ。しかし、多くの人が幸福に生きた人だと思うような生き方の方ではないですかなぁ。」
「ほんとね、いつ死んでも悔いがないような生き様よね。」
「半自粛中でも野生の世界に旅行!ですな。自らの感性に導かれるまま生き抜いた、本当に幸福なアーティストのようにわたしは思いますなぁ。」
「アーティストって、幸せなのかしらね~。自由な世界の住人のように思えるわ。」
「幸福かどうかは人の心のこと、測りかねますけれど、例えば葛飾北斎やバルテュス、ピカソなどの画家はとても長い生きしていますわね。晩年まで創作意欲が衰えることなくいよいよエネルギーに溢れていたようですわ。素敵ですわね。もっぱら画家さんは、脳全体をバランスよく使っているからだそうですの。」
マスターが声を低めて話した。
「ゴッホのような画家もおりましたなぁ。」
芽衣は、頷きながら答えた。
「そうですわね。人によりけり、ですわね。ゴッホの奇行はアブサンという当時出回っていたお酒による影響でもあるみたいですわ。アブサンを飲んで、誤って自分の足の皮をリンゴの皮だと丁寧に剥いていた人もいたのですって。」
「えっΣ(゚д゚lll)怖いですね。
Xの顔は豊かな驚き表情が現れた。
「ははは。珈琲は、その点心配ありませんぞ。カフェインの耐性にそれぞれ個体差はありますが、わたしの入れた珈琲は、口にするものに冴えわたる視界を提供するんです。ははは。
ま、まぁですな、ゴッホじゃないですが、クリエイティブな人たちは、その脳の使い方が起因してネガティブな結果になることもあるそうですよ。」
マスターに、翔子が応えた。
「ネガティブな結果?耳切はアブサンの影響とはいえ、確かにネガティブね。」
「クリエイティブっていうと聞こえがいいですがねぇ、アーティストの中には通常だったら自分に不都合なことは脳が情報精査して忘れるように処理してくれるところをそのまま情報を蓄積してしまう。言ってしまえば、情報の取捨選択が下手なことがあるのですよ。つまり、負担にしかならないような経験や周囲の発言なんかをさっさと忘れてしまえずに、そのまま抱え込んだままにしてしまうことが多々あるそうなんですな。そしてですなぁ、ややもすればそういったネガティブな情報が深く深層心理まで沈んでいく。これは場合よっては問題でしょうなぁ。」
「場合によっては、問題、ですか。」
Xは行間を読むかのように反復した。
「だと思いますよ。才能として現れることもあるのでしょうが、ネガティブな想念がどんどんストックされたとしたら、しんどいですからなぁ。しかも容易には探せないような無意識の心の深くまで沈み込んでいくのですからなぁ。」
Xは、目を見開き何度か小さく頷いた。
芽衣が言った。
「顕在意識ではなっくて無意識こそが、結局人の毎日の35000ともそれ以上とも言われる判断に大きな影響を与えているっていいますわ。ネガティブな意識が蓄積されていって、ひとつひとつの判断に影響すると考えると、大変ですわね。」
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目を通して頂き、ありがとうございました(__)
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