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『春と私の小さな宇宙』 その62

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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「あった。やはりここに落ちていたのね」

拾ったのは熊との格闘で負けを悟った時、落とした注射器だった。

「この場所に落としたところを記憶していたの。まだあってよかったわ」

今度はハルが宮野の首筋に注射器を当てる。ゆがんだ顔の彼を見下ろす。

「この中身は青酸カリよ。即効性だから苦しむのは一瞬で済むわ」

「わ、悪かった。もう君は自由にしていい! だから・・・」

「話を聞いていなかったのかしら。あなたは勘違いをしているわ」

「へ?」

「私は常に実験をする側。あなたを生かすも殺すも私が決めることよ」

宮野の顔が絶望に染まった。

「や、やめて・・・」

「・・・」

注射針を刺した後、宮野は一瞬だけ喉を押さえたが、すぐに口から泡を吹いて絶命した。

「処分完了」

立ち上がったハルは指を組み、肩を伸ばした。凝り固まった筋肉がほぐれる。静かに吐いた息が外気に当たり、冷たく白く染まった。 

「さて」ハルは振り向く。

裏参道は山奥まで続いていた。森に降り積もっていた雪が日光に反射し、銀色に輝いている。

「出てきなさい。どういうわけか話してもらうわよ、ミハエル!」




○ 小さな宇宙

それから私はミハエルの言ったことをずっと考えていた。宇宙は無限に広がっている。

私たち人間が住んでいる地球はその中の一つにすぎない。ユウスケの部屋に地球儀なるものがあった。地球の模型らしい。丸くて青かった。

私は星についての知識を得た。青いところが海といわれる水溜まりで、それ以外のへんてこな形をしたところが陸で、生き物が住んでいる場所である。

その地球という星は大きいようだった。何十億人もの人間が暮らせる広さだそうだ。それらが重力に引っ張られて球体の上で生きている。

しかし宇宙から見れば、地球など砂粒のように小さいらしいのだ。宇宙では地球の何十倍、何百倍もある巨大な星が山ほど存在している。太陽のように自ら輝いたり、月のようにその光を反射して輝いたりしている星もたくさんある。

そんな膨大な世界が、だれかの想像かもしれない。実は実体がなく、そういうふうに見えたり感じたりしているだけ。自分がそう思い込んでいるだけ。

無と何も変わらない。

無で出来た世界。

あのとき私は頭が熱くなってミハエルの言葉を否定していたが、冷静になってくると正
しく思えるようになってきた。

私が私だと言えるのは、結局、私だけだ。

私の存在を教えてくれる者はまわりにいない。

自分自身が錯覚していると言われれば、否定できない。私は存在していると脳内で叫ぶことしかできないのだ。

私は身震いした。
身体が急激に寒く感じる。その推論が本当に正しければ、いままで見ていた映像は全部、まぼろしである。

ハルの見ていた景色や聞こえる声、人間たちの姿、そのすべてが夢だったのだろうか。

この暗闇から逃げるために私が作り出した幻想だったかもしれない。

考えただけでおぞましかった。

一人きりの暗い世界で安心したいがために、私は無意識の内に「ハル」という虚像を追い続けていたのではないだろうか。

だれかが想像した世界。

私はその『だれか』だったのかもしれない。意識だけが無という空間に漂っている思念体で、私自身が手で触った感触も外から聞こえてくる音も実にリアルな想像なのだ。

身体の震えが止まらなかった。それは私が『無』であることを表しているからだ。外に出てハルと友達になっておしゃべりしたかった。

いや、それどころかハルの子供だから私を特別に接してくれるだろう。私だけの私の名前を贈ってくれる。そんな未来を思い描い
ていた。それなのにかなわないかもしれない。

胸が張り裂けそうだった。
ただ流れてくる映像を見るだけで何もできない私は何だろう。

消えてなくなりたかった。

私は不吉な思考を止めた。そして覚悟した。どっちだっていい。仮説が間違っているならこのまま外に出られてハルに会えるし、想像だったならその世界に浸ればいい。

たった一人の空間を幻想で満たせばいいのだ。

だから大丈夫。私は私を信じる。たとえ幻想だとしても私にとっては現実だ。

無が無限になることはない。それと同時に無限が無にはならない。

私の幻想が、世界が消えることは無い。

私はハルのおなかにいると信じることにする。そう決めた。私はハルのことを考え続ける。想像を止めたりしない。

大好きなハルの存在が霧散してしまわないように。

あの世界が消えないように。


幻想でも現実でも、私はずっとずっとハルの味方だよ。


続く…


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