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『春と私の小さな宇宙』 その66

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルは振り返り、再び第三世代の男を見る。会った時と違い、弱々しい表情をしていた。

「カレーよ」

「カレー?」

思いもよらぬ答えに、ミハエルは耳を疑った。

「カレーは様々な具材が入っているわ。肉や野菜、水、スパイス・・・それらが一つの鍋に納まっている。これが宇宙と同じなの」

「どういうことだい?」

「あなたは以前、例えに分霊を持ち出したわね?」

「ああそうだ。分霊のように無限に想像をコピーすれば、無限の宇宙を説明できる」

「あなたは重要な所を見落としている」

ミハエルはわけがわからない、といった表情をした。

「それは『習合』と言われるものよ」
 
「習合?」

「そう、習合というのは、二つのデータを統合・圧縮すること。元は神や仏を一体化させる考えのことだけどね」

ハルの説明にミハエルはハッとした顔つきになった。自分の仮説に大きな穴があることに気がついたようだった。

「まず、想像は分霊と習合、二つの性質を併せ持っている。あなたの言う『無』が複数ではないと仮定すれば、想像は間違いなく習合化されているわ。それはそうよね。個人が全く同じ情報を二つ以上持つことは不可能なのだから」

説明の本質を理解して顔を覆うミハエルをよそに、ハルは宇宙の真理を解き明かす。

「つまり、同じデータは統合され、異なるデータ分だけが増加する。分霊化した膨大な情報も習合化すればごく僅かな情報でしかない。無駄な情報は無くなり、無限の想像でつくった宇宙は極めて小さくなる。無の空間を満たすことなく、無限の想像は小さな宇宙の中だけで完結する。よって、無は無限にならない。その二つがイコールではない以上、無限は無にもならない」

そして、最後に付け加える。

「鍋に閉じ込められたカレーのように、ね」

自身の仮説を証明したハルは、ロシア人の青年を見た。彼は澄んだ青い目をこちらに向け、観念したように目を閉じた。

「ボクの負けだよ。何一つ反論する余地がない。それにしてもよくカレーから習合なんて思いついたね?」

「アキのおかげよ。毎日、嫌というほど食べさせられているから。それと前に野菜と栄養剤の違いを、彼女に聞いたことがあったの。そうしたら、野菜にはまだ人間が解明できていない、未知の成分が含まれていると言っていたわ。同じ成分だけを含んだ栄養剤と未知の成分も含んでいる野菜。その違いがヒントになったの」

ハルの説明にミハエルは感心した。

「なるほど、同じ成分はそのままで未知の成分だけを加えれば、全ての野菜が詰まった栄養剤になる。野菜の成分が情報で、それらを圧縮した栄養剤が小さな宇宙、というわけだね。面白い仮説だ」
「まあ、私は神なんて信じていないけどね」

ハルのその言葉にミハエルは思わず笑った。ハルには、なぜ彼が笑っているのか理解できなかった。

「ふふ、結局、考えを変えないと言いたいわけか。君はやっぱり頑固だね」

彼の表情は清々しいものに変わっていた。

「ボクは勘違いしていたみたいだ。てっきり君は伊藤と協力して、第三世代のクローン人間を量産すると思っていた。優秀な遺伝子を大量に増やして、科学を強制的に進歩させるのだとね。だから遠回しにだけど、クローン実験を無限に増え続ける宇宙に例えて話したんだ」

「最初から私が伊藤とグルだと疑っていたわけね。わかりづらい忠告だわ」

「ごめん。直接的に言ったら、君が伊藤にそのまま報告しそうだったから」

「まさか。どうせ裏切るつもりだったし。・・・確かに伊藤の計画は分霊に似ているわね。でも、私の計画はむしろ習合に近い」

「君の計画?」

「そうよ。第三世代を増やすところは伊藤と同じ。ただ私の場合は第二世代と第三世代の融合を目的としている。純粋な第三世代ではないけれど、その方が確実、且つ、合法的に増やせるわ」

しばし考え、ミハエルは彼女の計画を理解した。

「まさか、体外受精かい? それも片方の遺伝子を第三世代にして・・・」

「さすが話が早いわね。いい方法でしょう? 第三世代の卵子や精子が欲しい人間は多いわ。確実に優秀な子供が生まれるから。志望者に任意の遺伝子を提供して、多額の代金と手術料を受け取る。さらに経過観察と称して子供の成長データもとれる。まさに一石二鳥でしょ?」

「なるほど、それなら正規の手順を踏んで研究できるね。クローン人間をつくってこっそり育成よりもリスクはかなり低い」

ミハエルは納得したようにうなずく。


続く…


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