新春小説 ‖ 大河町フォークロア
新年のご挨拶!
note勢のみなさん、新年明けましておめでとうございます!
ゆにおです。
昨年は大変お世話になりました。
今年も変わらず毎日noteにゆにお日記を投稿してこうと思いますので
どうじょよろしく!
んでもって、ただいま【2月26日】開催の
文学フリマ広島に向けて、新刊を鋭意制作中!
そのうちの一冊、短編集『愛誤』は
ゆにお作品の中から「広島市南区」が舞台になってる短編小説を4篇集めました!
広島地区の即売会&通販だけの(予定)
スペシャルエディションです。
ハイパーローカルな場所だけに、
ゆかりのある方は「お、あの町のこの話だな!」とピンとくるはず!?
あくまで小説ですけど、このあたりの地域課題なんかも見えてくるよね〜汗
収録作の中から、新春にふさわしい(大晦日の話ですが・笑)神社が舞台の一作を
noteに初掲載です。(初出:小説家になろう)
ちょっとホラーで空目なもののけ話、5000字程度でサクッと読めますので
どうぞ楽しんでねー!
◇
大河町フォークロア ゆにお・作
実家に帰省し、退屈を極めていた大晦日の日。あまりにもすることも会う人もなかったので、散歩がてら子どもの頃によく遊んだ神社をひとり尋ねてみた。
神社は、子どもの頃に見たままだった。地面が整備されていない土と砂利の駐車場に、色のない鳥居。長い石の階段は、斜面の土肌に直に刺さっており、まるで不健康な歯のようにそこここが欠けていた。
この季節の神社なのだから、もう少し賑わっていてもよさそうだが、人っ子一人見当たらない。特に正月に向けての装飾や準備をしている様子もなかったので、ここは元旦にお参りで賑わう類の神社ではそもそもなく、行事に関わりなく常に寂寥とした神社なのかもしれない。
――確かにここへ遊びに来たことがあっても、初詣に来た記憶がない。神社として使われることのない神社。だから、子どもの頃の私たちもここを遊び場所に選んでいたのだろう。
そんなうら寂れた神社でも私にとっては思い出の場所。せっかくなので、石段を上ってみることにした。傾斜が急で息が上がった。何とか境内にたどり着くと、お賽銭は入れずに、鐘だけ鳴らす。大河、旭町、山城と一望でき、眺めはよかった。
そして、とぼとぼと階段を下りる。その中腹に分かれ道があるのに、はたと気付いた。道の先には、寺があるようだった。少し歩いて覗いてみると「曹洞宗 地蔵寺」という文字が彫られた看板代わりの石があった。
――へえ、ここに寺が。
子ども時代の記憶にない。そして今日も、階段を昇る最中、まったく気付かなかった。
暇と好奇心に任せ、私は寺へ足を向ける。お堂からは光が漏れていた。やけに煌々としていて、まだ明るい時間なのに不思議な印象を受けた。
間近で見ると年季の入ったお堂だった。それなりに歴史はありそうだ。
――きっと子どもの頃からあったんだろう。私たちが見落としていたんだ。
「毎度、どうもいらっしゃい!」
威勢のいい声がお堂から飛び出してきた。突然だったので、私は少し狼狽えた。お堂の中には、坊主がいた。袈裟を着ていてもわかるほどの、肩の筋肉が逞しかった。まるで、岩の塊のようにゴツゴツした男だ。
「……どうも……」
見ると、男が座っている畳の部屋には、親指ほどの大きさの地蔵の人形がたくさん吊り下げられている。そこには筆文字で書かれた張り紙があった。
「てづくりお地蔵さんのおみくじ一回 百円」
赤いよだれかけの小さな地蔵は、素朴で可愛らしかった。私が興味深く眺めていると、坊主が愛想のいい笑顔でこちらへ身を乗り出した。
「明日の初詣用に用意したんですよ。このお地蔵さんの入れ物は、わたしどもの手作りでしてね。一つ一つの中に、おみくじが入っているんです。」
「へえ。面白そう」
「けどまさか、大晦日にどなたかおみえになるとは思いませんでしたけどね。いえいえ、準備しておいてよかったです。どうですか、一足早くおみくじを引いてみては?」
面白そう、というのは世辞ではなく、私の素直な感想だった。確かに元旦を前にして気が早いが、ひとつ貰うことにした。
坊主に促され、賽銭箱に百円玉を放り込む。柏手を打つと、坊主が「ダハハ!」と笑った。
「ここはお寺なので、手は叩かないんですよ!」
「あっ、そうか。いやあ、恥ずかしい」
「ああでも、その手の形はいいですね。そのまま両方の手のひらを上に向けて広げていてください」
すると、誰も触らないのに地蔵がひとつ、ぴょこんと私の両手のひらに飛び込んできた。「おや
!?」と坊主の顔を見ると、相変わらず一人で笑い続けていて、地蔵に驚く様子がない。だから、これは地蔵に何か仕掛けがあるとか、おみくじの演出なのかもしれない、と考えた。
気を取り直し、肝心の地蔵を開封してみることにした。私は、手の上の地蔵と向き合った。その時、初めて気付いた。
「ウ、ウルトラマン!?」
それは、小さな地蔵ではなく、小さなウルトラマンだった。赤いよだれかけにグレーのボディという地蔵のカラーリングと、ウルトラマンの色の組み合わせはそっくりだった。
それで、見間違えてしまったのだろうか。しかし、吊るされている地蔵は、やはり地蔵にしか見えない。それにここは「地蔵寺」だ。断じてウルトラマン寺ではない。
私は坊主に、一体何がどうなっているのか尋ねたかったが、とっさに「ウルトラマン」という単語が出てこず、ただあうあうとした。
すると、ウルトラマンが私の手の中で暴れだした。私は反射的に、ウルトラマンの胴体を両手で強く締めつけた。するとウルトラマンは、ものすごい光量で点滅し始めた。
「ぴこーん、ぴこーん」
キンキンした謎の電子音がウルトラマンの体内で鳴っている。音は、乾燥した冬の寺の空気をつんざくように響き渡った。
坊主がわざとらしく頭を抱えた。
「わあああああっ、カラータイマー鳴ってますよ! ヤバいスよ! 三分経ったら、星に還っちゃうんだからっ!」
「えっ、あの、あのっ……還ると何かまずいんですか?」
「まずいに決まっているでしょう。だってそれの中身、おみくじですから。あなたの来年の運気が全部それにかかってますから。おみくじの中身を見ずになくしてしまったら、あなた、来年はずっと運命に迷い続けますよ!」
「えーーーーーー! 何ですって!」
それは困る。まだ新年が始まる前から、迷い多き一年になることが決まってしまうなんて絶対に嫌だ。それに、おみくじの結果も気になるし、中身を見るまで絶対に離すものか。
坊主が両手でパタパタとジェスチャーをしながら叫ぶ。
「背中にチャックがありますから! それを開ければあなたの勝ちです」
なるほど、背中にチャックか!
私は、もう一方の手でウルトラマンの背中を弄り、チャックを探した。すると、ウルトラマンは手の中でより一層激しく抵抗した。鬼気迫る動きで、手足をありったけじたばたさせる。きっとチャックの下を見られるなんて、ウルトラマンにはあってはならないことなのだろう。
ついには腕を交差させ、「ジョアッ!」という掛け声とともにスペシウム光線を私のおでこに向けて放ってきた。
ウルトラマンが小さいのでたいした威力はないが、キャンプファイヤーの火の粉が飛んできた程度のダメージはあり、私は「アチッ! アチチ!」と悲鳴をあげた。水ぶくれができてもおかしくない。
それでもウルトラマンを離すわけにはいかなかった。来年の運気の全てが、この手の中に掛かっているのだ。
音の刻みがだんだん早くなる。きっと、タイムリミットがくればウルトラマンの変身はとけ――何の姿に戻るのかはさっぱりわからないが――、私から逃げようという気力も失せるだろう。
私は背中のチャックを探すのをいったん諦め、タイムアップを狙う作戦に切り替えた。弱ったあとに、ゆっくり中身を調べればいい。あと数十秒――あと一息粘って、来年の運気をきちんと見届けるのだ!
だが、どこかから、重なるように音が響いてきた。このウルトラマンとは別に音源がある。そして、その音がどんどん増えて、重なっていく。
思わず見回すと、音源は、お堂の中に吊るされた無数の小さな地蔵たちだった。一体何体分が鳴り響いているのだろう。「ぴこーんぴこーん」が輪唱のごとくこだまし、私の頭蓋骨の内側で無限に跳ね返り続けているように共鳴した。
――あ、頭が割れる!
耐えきれず耳を塞ぎ、しゃがみこんだ。すると、ウルトラマンが指の隙間からするりと抜けでた。そして、瞬時に空へと飛び去った。飛んでいった方向には、小さな飴色の光がキラリと瞬き、やがて何も見えなくなった。
「そ、そんな!」
私の来年の運気が……!
頭にきた私は、吊るされたウルトラマンたちを睨みつけた。すると、全員の音がぴたりと鳴り止み、一瞬、いかにも禅寺らしい静寂が訪れた。
しかしそれも束の間、全員が一斉に「ヘアッ!」と掛け声をあげた。それは、私に向かってスペシウム光線の束を発射する合図だった。慌てて地面に膝をついて、光線をかわした。頭上を銀色の炎のような三日月が駆け抜けていく。
ひとつひとつの威力は小さくても、まとめてくらえば軽いやけどではすまない。危ないところだった。
すると、坊主が声をあげて笑い出した。
「かんらカラカラ、かんらカラカラ!」
私の来年が台無しになったのだ。笑い事で済むものか。何よりも、そもそも最初にウルトラマンのこともカラータイマーのことも一言も説明しなかったのはこいつだ。なんて人を舐めた寺だろう。大河の町内会にでも言いつけてやろうか。
いや、その前にまずは坊主に直接苦情を言わねば。そこで坊主を振り返ると、おかしなことが起きた。彼の身体から黒い袈裟が左右に千切れるように吹き飛び、下から真っ赤な襦袢が現れたのだ。そして襦袢が包んでいるのは岩のような男ではなく、柳のようにすらりとした女だった。
あまりの驚きに、私は絶句し、腹を折ってむせ込んだ。
赤い襦袢の女はなおも可笑しそうに、「かんらカラカラ、かんらカラカラ!」と赤い唇に白い指を添えて笑った。そして、私の脇をすばやく走り抜け、石段を神社へ向けてすごいで速度で駆け上がっていってしまった。
恐ろしいはずなのに、恐怖に怒りが勝った。私は、いけすかない赤襦袢の女の後を追って石段を駆け上った。ちきしょう、怒鳴りつけてやらないと気が済まない。
しかし日頃運動不足の私は、すぐに足がもつれた。息があがった。呼吸を整え、休み休みしながらでなければ、神社の境内まで辿りつけなかった。
神殿は相変わらず何の装飾もなく、女はもちろん、スズメ一羽の姿も見えない。ただ木枯らしだけが吹いていた。竹やぶが、ざわざわと不穏な葉音を立てる。
私は次第に冷静を取り戻した。すると、背筋にぶるっと寒気が走った。汗が冷えたせいだけではなかった。
――あれは明らかに、人間ではない。私は何かに拐かされかけたのかもしれない。
考えると、ここに一人で戻ってきてしまったのも、実は仕向けられたことかもしれない。相手は人ではない。これが何かの罠だとしてもおかしくないのだ。
じんわりと寒気がこみ上げ、じりじりと後ずさった。一刻も早くここを離れたくて、階段を駆け下りたかったが、鳥居に背を向けては後ろから喰われてしまうような気がした。
しかしこの急な階段を、後ろ向きで下るわけにはいかない。だから、音を立てないようにゆっくりゆっくりと回れ右をした。
下りなら、上りほどは苦しくないだろう。これはもう、一気に駆け下りてしまおう。そう意を決して足を踏み出した。
――ふぉっふぉっふぉふぉ ふぉふぉふぉふぉ!
――ふぉーっふぉふぉふぉふぉ ふぉーっふぉふぉふぉ!
謎の笑い声が、地の底から響いてきた。靴底に伝わる震動に、私の心臓は痺れそうになった。振り向くと、竹やぶが一層激しく波打っていた。きっと風だけでなく、笑い声によって、地底に埋まった根茎から震えているのだ。
その異様な光景に、思わず息を呑んだ。すると深みどりの葉の重なりの中から、翳が浮き上がり、坊主の顔が浮き上がった。そして、ほどなく女の顔に変わった。
「やはりあの女……ッ!」
振り切るように前を向き直し、精一杯踏み切った。
――ふぉーっふぉふぉふぉふぉふぉ ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ……
笑い声に重なるように、笹の葉のざわめきが渦巻く。竹やぶの奥から何かよくないものが這い出してこようとしている、そんな妄想に囚われた。何者かの嗤笑か、葉音か判別がつかない音の渦に追い立てられ、私は混乱しながらも、がむしゃらに階段を駆け下りた。
石段が動いている。緩慢ではあるが、ボロボロに欠けた歯が噛み合わせるように、ガッチンガッチンと動いて、足首を喰いちぎろうとしていた。私の足はその度に地面を踏み切り、なんとか石段をかわしていた。
寺への脇道を通り過ぎる際、灰色と赤の色の組み合わせの大きな塊が視界の端を掠めた。それは、赤いよだれかけをした巨大なお地蔵様だったかもしれないし、ウルトラマンだったかもしれない。
じっくり見てないから判別なんてできやしないし、もしかしたらきちんと正面から見ても、判断がつかないのかもしれない。地蔵かウルトラマンか、男か女か、人か人でないか、そういった判断が微塵もつかないほど、私は混乱していた。
笑い声はなおも響き、笹はなおも騒ぎ続けていた。
遠くから、犬の遠吠えが聞こえた。犬種まではわからない。しつこく、しつこく鳴いていた。ああ、この犬の声だけは、この世のものだとわかった。私には、確かにわかった。
おわり
◇
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