観光とリアルのアグラ②
こんにちは、ゆもです!
今回は前回の続きで、アグラに4泊5日滞在した時の話をする。
(前回の投稿はこちら!!↓)
アグラの友達の友達
今回アグラを訪れた目的は、もちろんタージマハルを観ることであったが、もうひとつ楽しみにしていたことがあった。以前ひと足はやくアグラを訪れていた自身の友人から、ある日本語を話すアグラの青年の話を聞かされていた。実はひょんなことからその彼と連絡が繋がって話していたので、今回初対面を果たすことを楽しみにしていたのである。
日本語ぺらぺらアシュ!!
今回のアグラ旅はこの日本語ぺらぺら青年ことアシュさんが居なかったら成り立ちませんでした。まじでお世話になった(笑)
まずデリーからアグラへの列車のチケットを取ってくれたのは彼だからです🥺
アグラ駅に来てくれた彼と無事合流。会ったことはなかったけど電話したことはあったから、久しぶり~!って盛り上がる。タージマハルに行きたいと告げ、サリーのお店に連れてってくれたり、ガイドとして一緒についてくれました。
彼は日本語がとっても上手。
タージマハルにいる日本人に声をかけ、自身の日本語を独学で磨いてきたという。結構日本人の間でも認知度高めの青年ですね。
ちなみにこの投稿の最後に、彼のSNSをシェアしております。タージマハルを見に行きたいそこのあなた、ぜひ日本語でコンタクトしてみてください。気さくで優しいアシュが助けてくれます。
アグラの家を訪問する
ムスリム一家のアシュ家
今回アシュがお家に何度か呼んでくれ、めっちゃくつろがせてもらったので、半ホームステイ状態させてもらっていた。ちなみに彼の一家はムスリムで、私は初めてのムスリムの自宅に訪問させてもらう機会だった。
現地人の暮らし
彼のお家は観光地区の道にある。小さい扉の奥へ進むと親戚みんなで生活するお家が現れる。ムスリムの生活スタイルなのか分からないけど、1枚のござが敷かれたところにみんなが寝っ転がってて、くつろぐリビングになっている。こじんまりとした家だけど、平均的なアグラの暮らしみたい。
今回夜ご飯も一緒に食べさせてもらった。すごくおもてなししてくれて、私がベジタリアンだというとお母さんがパニールという豆腐みたいなチーズのカレーを作ってくれ、わざわざお米も外から買ってきて用意してくれていた。
例のリビングみたいなござの上で私がモグモグしてる間、横では家族みんながテレビを見ている。なんかのホームドラマで、「ヒンディー語?」って聞いたら、「ヒンディー語のパキスタンドラマだよ」って返ってきた。これまた面白い。ムスリムのインド人にとって、インドから独立し出来たムスリム国のパキスタンは隣国というよりは同じ文化人という意識なのかも。
ごはんもヒンドゥーでは絶対タブーの牛肉が細切れで入ったカレーを食べてるし、お母さんや妹ちゃんとは宗教上の理由で写真がダメだったのも私にとっては新鮮。ほんとインドはひとくくりに決して出来ない文化の多様性がある。彼らはお母さんお手製のインド北部でよく主食とされてるチャパティを小さくちぎって、牛肉カレーに浸して食べる。シンプルな夕食だった。
日本人という特権
夢の国日本
旅してるとよく思うのは、海外の人にとって日本人が好印象を持たれること。中でもアジア諸国を旅すると、日本の技術はすごいとか働きにいきたいとかまるで夢の国のように言ってくる人たちがいる。
ひとつ実感したエピソードがあってね、ネパールのタメル市内での出来事なのだけど、声かけてきたバングラデシュ人と一緒に売店に行った時。売店のおじちゃんに「どっから来たの?」って聞かれたから「日本だよ」って言ったら、おおーってなって日本はいい国だいい国だみたいなことを言われたのね。でその後隣にいた例のバングラ人にも「あなたは?」って聞いてて、彼が「バングラデシュです」って行った時、明からさまに態度が違ったのね。別に差別したり嫌な顔をしたと言うんじゃなかったけど、ふーん、そっかみたいなスルーな反応。結構そのおじちゃんの態度の差に驚かされた瞬間だった。
夢の国から来た小娘
先進国として受け取られやすい日本人は、お金を持った裕福な人としても思われる。女がひとり旅しているっていうのでも興味持たれやすいけど、彼らにとって自分は旅する余裕がある金持ちの小娘として映ってるんだろうなって時々思う。確かに旅を通して自分の環境の豊かさに気づいたけれど、実際日本にいる時は自分が金持ちだとか思ったことはないのね。だから現地の人たちにあなたは私たちと違って裕福だからってひとくくりにされると、すごくもやもやする。彼らが思う豊かさと私が思う豊かさの基準にはズレがあって、それが自分をどぎまぎさせるのだと思う。
例えばアシュも日本で働きたいと願う外国人のひとり。彼の一家は最低限の水準よりは上だけど、決して裕福な家庭であるとはいえない。彼は家計を支えるために11歳の頃からバイトをしていたそうで、現在はアクセサリー工場で働いている。驚いたのがその給料。朝から晩まで働いて日給が500ルピーだという。日本円で言ったら日給1000円。確かにそりゃ1時間働けば1000円もらえる日本は夢の国に映るよなって私も思った。「家族に仕送りしながら日本で働いて、お金を貯めて旅がしたい。いつかは日本でインド料理屋を開きたい。」そう彼は明かしてくれた。そして私が来た時、ちょうど彼は日本の土木関連の求人に応募するところで、日本に行けるかも!ってそわそわしてた時だった。
私はそんなアシュと過ごし、いろいろ考えさせられたよね。まずは多くの日本人がそうだと思うけど、自分にとって出稼ぎという感覚が全くないこと。異国で働いてそのお金を家族に送るって、本当にすごいことだよね。私は自分で自分の教育費をまだ払ったことがない。大学になってその教育費の莫大な額に愕然としたけど、それまでは親に養ってもらっていたことを気にすることがなかった。私は高校が通信だったから16歳の時から平日毎日働いていて、今旅しているお金はその当時から今に至る自身の貯金で賄っている。ただアシュの話を聞いて、自分で稼いだお金が自分のものになるって当たり前じゃないって気づかされた。中には仕送りといった誰かを支えるためにお金を稼ぐ必要があり、私みたいに自由に働いてるんじゃなくって、働かざるを得ない若者がいるのである。「僕もゆもさんみたいにいつか世界を旅したいなあ」ってアシュから言われた時、正直息がつまった。
そして彼らが必死になって日本へのビサを取得したり日本語を勉強し、やっとこさっとこ手につけた仕事というのも、日本ではあまり待遇がよくない仕事が多いというのも事実。アシュが応募するという仕事も、土木関係で肉体労働メインのかなり大変そうな仕事内容であった。肉体労働のほか、コンビニとかでも外国人労働者多いよね。あとは裏でのレストランの厨房や洗い場、水商売関連で働いている外国人は私が知っている中でも多い。
例えばアシュなんかは本当に日本語の学習能力に長けていて、地頭の良さが彼と話していれば分かる。ヒンディー語と英語と日本語を喋れるというスキルが活かせる仕事って、探したらめちゃあると思うんだよね。でも出稼ぎ外国人労働者っていうだけで、開かれる仕事のジャンルが限られてしまうのが現実。私は「けっこう大変な仕事かもね」としか言えなくて、彼のために他の求人を探す手段も知らないし、そもそもインド人の彼にとって土木の仕事は私が認識する大変の基準ではないのかもしれない。また意識差があるかもなあってもやもやしてしまって、私は何か言うのをやめてしまった。
マインド貧困国の日本
日本は本当に夢の国なのか。
私の価値観で言えば、それに対しては否としか言いようがない。確かに公衆衛生の面で言えば世界トップクラスなのは認める。日本が世界に誇るトイレとか街並みの整然さは事実であり、食や文化も豊かであって、私は自分が日本人であることを誇りに思う。
けれど、夢の国ではないよね。どんだけ日本社会で疲れている人がいるか、自身を含め身に染みているから。日本が発展する代わりに失ったものってあると思う。例えばいわゆる発展途上と呼ばれる場所を旅すると、いつも発見するのは人の温かさとゆとり。人と目を見て直で話せると言うか、人と人との間の距離が近い。そして狂ったように時間に追われる日本とは違って、そういった場所で暮らす人たちって、時間よりも自分たちの生活に軸が置かれているよね。時間にルーズ、せかせかしない。そのゆとりが自分のことや他人のことを思いやれるゆとりに繋がる。本当に環境によって、それぞれの社会空間によって、流れる時間の早さやかたちって、ちがう。
本当に資本主義とともに発展し続けた、大量消費社会、大衆社会が失ってしまったものって何なんだろう。
取り戻すのか?それとも新しいのを作り出すべきなのか。
最近よく考えてるのはまさしくこのパラダイムシフトの件ですね。以前のネパールの田舎に行った時の投稿でもそんなことをぼやいてたのでよければ覗いてみて下さい。Instagramもよければよければぜひ。
いま試しにnoteのプレミアム機能使ってみていて、コメントできます。パラダイムシフトについてのみなさんからの呟き、欲しいです🥺(笑)
それではまたー!
最後まで見ていただき本当にありがとうございました。
アシュありがとう!
彼のSNSはこちら!
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