「愛する」「愛される」
自分が大学生のときに
街中で素敵なインタビューを受けたことがあります。
あなたは「愛する」と「愛される」
どちらのほうがすきですか? という質問。
好きですか? という言い方では
なかったかもしれないですが
そのようなニュアンスでした。
答えと、その理由をホワイトボードに書き
そのスナップ写真が雑誌に掲載される
というものでした。
(実際に掲載されたとき、うれしかった!)
学生時代のわたしの答えは
「愛する」
理由は
「愛する」は人、もの、環境
すべてに対して言えることだから。
と書いた覚えがあります。
「愛する」「愛される」
両方とても素敵だけれど
本当はいつも ひとは
だれかに愛されることを
望んでいる気がしていて
実際にわたし自身もそうです
だれかに愛されたら
それほど幸せで満たされることはない
でも愛されることを望むと
それはきっと
自分自身で生み出すことはできない
だれかに愛されたいと望んだ時点で
それは幸せなことでもあると同時に
外の世界に、愛を求めることになる
ある意味
自分軸ではなく
他人軸になってしまう。
でも「愛する」は
自分から生み出すことができる
だれかの許可も必要もない
自分が愛そうと思えば
いつでも愛することができる
そして、その対象は
人生において1番大切にしなければいけない相手
=【自分自身】
であっても、いいと思います
自分自身を愛し 満たされた上で
その愛を、次の段階の
外の世界へ(恋人、パートナー、家族、友人、すべて)
与えていくことができたら
とっても理想ですね
だれかを愛そうとしたときに
もしもエゴが勝ってしまうのであれば
遠慮なく
その対象を自分自身に切り替えてもいい
日々 自分自身を満たせれば
自然とまわりも幸せにつつまれる
ていねいに自分を愛する。
0円で、いますぐ、できること。
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(2023/9/7収録)
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