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#短歌
「短歌人」2024年11月号掲載作品
迷子のこころ
黄金にすべてを変へる指さきで触れてわたしを永遠にして
ペルセウス座流星群が八月の夜に無数の傷をつけてゆく
会ひたさが蒸発をして雲となりあなたの町に雨を降らせる
窓掃除しながら晴れた空を見ることも娯楽のひとつと思ふ
ウィリアム・モリスの〈いちご泥棒〉のワンピース着て 迷子になりたし
りぼんの似合ふ同級生に憧れてずつとずつとショートヘアーで
永遠の初級者として毎日を聴くラヂ
「短歌人」2024年10月号掲載作品
再会
手放しし本を再び買ひ戻すやうにあなたとまた出会ひたり
同じやうで違ふ人なり年月に流されてもう互みに遠し
目のまへにゐるのに遠い 変はらないねと言ひあつて少し黙つた
その人の記憶の中にだけ棲んでゐる十七歳のわたくしのこと
再会を苦くにれがむ夕まぐれラヂヲから昔のJポップ
似た夢を見てゐたころには戻れない。写真に並ぶ笑顔の二人
あの人もこの虹を見てゐるだらうペトリコールに包まれなが
「短歌人」2024年9月号掲載作品
水の旅
似ることは共犯めいて島と鳥、緑と縁、アリアとマリア
ウ、ハ、ム、心と書いて窓となる何十年もずつと唱へる
雨がまた雨になるまで水の旅 川の近くに住んでゐたいね
やはらかく目隠しされてゐることに気づかないまま月日は流れ
ゆでたまごがきれいに剥けた朝だから少しだけいい紅茶を淹れる
姉を知る家に暮らして老いてゆく生まれながらの妹として
おさがりの衣類が思ひ出を語るクローゼットのくらが
「短歌人」2024年8月号掲載作品
盛岡/三月
もりをかへ星の写真を見にゆくと誘はれて乗る春の自動車
山中はいまだに雪の残りあり仙岩峠茶屋には寄らず
北上川の流れは速し渡る橋の欄干に白鳥の紋様
「もりおか啄木・賢治青春館」もまた旧銀行の建物である
固く急な階段ばかり登り降りしつつ暖炉の意匠など見て
帰るさはすこし無口な私たちずつとスピッツ流れる車内
※同人2欄、冨樫由美子
「短歌人」2024年7月号掲載作品
ひかり
やはらかに麺は縮れてスープ濃きカップヌードルたまには食べたし
時に高き壁にありしを母はいま庭に小さく草むしりをり
ひかりさす窓辺に椅子を引き寄せてヘルマン・ヘッセのことばに触れる
鳥かごを逃げた小鳥はさがさずに空色に塗る胸のうちがは
採光のよき建物と思ひをり木のテーブルに絵本をひらき
帰宅する小学生の歌ふこゑ窓より入り来るは嬉し
本を読みながら眠りに落ちてゐて続きを夢の中に読
「短歌人」2024年6月号掲載作品
影
雨水きて庭に二月のひかりさし暫し忘れるこれの世のこと
中途退職教師のわれにもう来ない新学期とは四月のひかり
五月のひかり溜まれるメイル・ボックスに〈ヘアサロン虹〉移転の通知
街並は姿を変へる六月のひかりは耳のなかにもおよぶ
十月のひかりの道をたれもたれも今日がいちばん若き影曳く
十二月 影がひかりを駆逐して雪のひとひらづつがこゑあぐ
ふりつもる雪の晴れ間の一月のひかりを踏んで郵便
「短歌人」2024年5月号掲載作品
春の日
ミュシャの絵を見れば思ほゆ棺桶に寝てゐたといふサラ・ベルナール
絵の前にたたずむ人も絵になりて常設展のモネの「睡蓮」
歌ひながらショパンを弾けるピアニスト「猫のワルツ」を幸せさうに
制服のスカートすこし寒かりし春の日ジョルジュ・サンドを読みき
公園に夕暮れは来て遊具らはめいめいの影曳きて静まる
樹木へと歩みを進めゆくときの気後れに似たためらひひとつ
暮し分かちあはざる逢ひは美
「短歌人」2024年3月号掲載作品
ポタ
ぽつぽつと零す言の葉カフェラテのカップを覗き込むやうにして
空つぽになつて何かを待つてゐる誰かではなくあなたでもなく
冬の朝のひかりとともにかき混ぜるコーンクリームポタージュスープ
ポタージュのポタの部分が旨いのだ木のスプーンがさう言つてゐる
ぽたぽたと落とす涙はくやしさのなみだ ここから出られぬことを
ここは何処ここは辺境おほごゑに泣いたところで届かぬほどの
ひとまへで号泣を
「短歌人」2024年2月号掲載作品
モモ
切り抜きはエンデの死去を告ぐる記事函入り本の『モモ』に挟まれ
一刷の発行年は一九七六年わが生まれ年
祖母逝きし雪深き冬くり返し読みたる『はてしない物語』
美しい二冊の本が書架にあることを支へに生き延びて来し
引越しや蔵書整理の幾たびを経て残りたるエンデの二冊
暗記するほど読みしゆゑもう読まずされど手放すこともできない
モモは桃。桃は生命のシンボルと知らざるままに名づけしエンデ
三十首連作「いつか明るい」
たくさんの「いいね」がついた投稿にゆびさきあててわたしも媚びる
さくらもちさくらもちつて買ひにゆく食べるためよりアップするため
白鳥が北へ帰つてゆくを撮るスマホかざして首をそらして
ほんたうの気持ちはどこにあるだらう仰いだ空を雲が流れる
感情もきれいになるといいのにと手を洗ふたび思ふこのごろ
雪の下よりあらはれて春あさき散歩の道にあまたのマスク
桃始めて笑ふの候にかくてがみインクのにじ
「短歌人」2024年1月号掲載作品
ボンボン
てのひらにのるボンボンの缶ひとつまこと小さきものは愛おし
ボンボンをしづめし紅茶ほんのりと香りをたてて三時をまはる
懐かしい未来の匂ひ古びたる雑誌の隅の星占ひは
ときとして記憶の底になるあれは祖父母の家のぼんぼん時計
北に居て北を恋ふこと ゆつくりと舌の上にてボンボン溶ける
ハッカの香嗅ぎつつ憶ふ若き日の旅といふ旅、海といふ海
横浜と神戸の記憶が混ざるのは港の風と洋館のせゐ