沖縄で子を産む
おそらく来月末あたり、人生ではじめて子どもを産む。
予定日は6月2日らしいけれど、今年のおみくじに「待ち人、早く来る」と書いてあったので、5月末ごろに産まれるんじゃないかなぁと思っている。
ーなんて書きながら、あらためて自分の人生にびっくりする。まさか私が、沖縄で子どもを産むことになるとは。
私は香川県出身で、大阪と東京に住んだことがある。沖縄に住むことは沖縄に住む2週間前くらいに決めた。
住みはじめたころは「移住しよう」なんてまったく思っていなくて、むしろ1年くらい住んで満足したらまたどこかで仕事をがんばろう、と考えていた。とても失礼な話、当時の私は「沖縄で仕事をがんばる」というイメージがもてなくて、それどころか一生懸命働くには厳しさが足りない地域なんじゃないかと勝手に思っていたのだった。
沖縄に住みはじめたのは「好きだから」だけで、その「好き」は、3年間の東京暮らしで疲れた心が向かわせたのかもという疑いもあった。
「沖縄にしばらく住むよ」と伝えると(基本的に私は事後報告の人間である)、友達からは海外に住むみたいな勢いで驚かれたし、母親からは「沖縄に行ったらあんたはアル中になる」と断言された。
それらの偏見じみた考えは私の中にもあったので「ずっとじゃないけどね」「アル中になっても1年くらいはいいでしょ」とか言いながら住みはじめた。とにかくいろんなことに疲れていたのだ。でもずっと住んじゃダメだよなぁ、と心のどこかで思っていた。
母の予言は半分あたり、お酒を飲む機会と時間は爆発的に増えた。そりゃビールがおいしい季節が長いんだから、そうなるよね。ってことだけじゃなくて、楽しく乾杯できる友達がいっぱいできたのだ。お酒がおいしくて、毎日が楽しかった。
そうやって笑いながら飲みながら暮らしてたら、気付けば恋をして、恋が終わる頃にはやりたいことができて、やりたいことがやれる会社を見つけたので就職した。就職先で出会った人と付き合うことになったり、仕事で自信と経験を積んで独立したりなんかして、気付けば8年が経った。いつのまにか私は、立派な「移住者」になっていたのだ。
思っていた沖縄暮らしよりも、よっぽど「暮らして」いたし、仕事だって気付けば全然がんばっていた。むしろ満員電車とか寒くて起きられないとかがないぶん、仕事に割ける時間は東京より圧倒的に多かった。意外なことに、やる気さえあればキャリア積み放題なのである。やったぶんだけ結果が出た。
独立もスムーズにいき、同じタイミングで独立した彼氏は数年後に夫になった。仕事もプライベートもがんばるぞと走っていたら、ついにお腹に命まで宿してしまったのだから、人生はまったくもってわからない。
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振り返り、思う。自分の「好き」を大事に生きてきてよかった。流された人生だと言えなくもないけれど、母親の予言は外れて私はアル中にならなかったし、好きな仕事を好きなメンバーとしてるし、がんばりたいだけがんばってるし、応援してくれる人にも出会えたし、生涯をともに過ごしたい男とだって出会えたし、その男と私に似てるかもしれない命をこれから産むのだ。
幸せだなと思う。辛い日だってもちろんあるけど、辛くても乗り越えたいほど大切な人生を過ごせているから、やっぱり幸せだなと思う。
さて、沖縄の太陽を浴びて育つ子どもは、一体どんな人生をおくるのだろう。沖縄みたいに、ここで出会った友達みたいに、あったかくて優しい人間に育ってくれるとうれしいな。
そんなことを思いながら、もうお酒が飲めない沖縄のこともしっかり好きで、産まれてくる命とともに、また新しい暮らしがはじまることがとても楽しみなのである。
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