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裁判と晩餐会②

《催しコーナーの点検》

 今日の仕事は、催しコーナーの点検が終わったら晩餐会後の出口誘導だけだった。子供裁判コーナーから、既に進んでいる晩餐会場に移動し、中央の立食パーティーを取り囲む催しコーナーを巡った。各催しに不備がないか点検し、帰るときに提出しなければならなかった。
 晩餐会の一画では、介護施設が投影されており、映画館の空き席案内のように、空き部屋が早い者勝ちである旨を司会者が解説していた。彼はマイクで盛り上げようとしており、いかにこの施設が素晴らしいかを力説しながら、サクラの人物を探していた。誰も手が上がらないと見て次の介護施設の投影に移っていったが、サクラがトイレから戻ってくる様子を見て、声を張り上げて皆に促していた。
 サクラは最前の空席に座り、司会者に「この施設は見覚えがあるのですが、どこですか?」「あーこちらですね。○○市○○町ですね。最近リニューアルして中も綺麗になっていますね」と司会者。「あーやはり。近くで、よく知っているところなのですが、評判がよくていつも空きがないんです。でも、空きがあったのですか?」と質問すると、「もちろん普段は空きがないのですが、ここだけの特ダネ情報です。ここは入居者からの推薦が優先されて空き部屋が埋まっていくのですが、ここでは、入居者の推薦と同じように紹介できるわけです!」司会者が興奮してまくし立てると、サクラが「そりゃ凄い! こんなサービス初めてだ!」と約束の驚き。空席が徐々に埋まっていき、三十席ほどのパイプ椅子が満席となっていった。
 大画面でのAIとの囲碁や将棋対決、プロのバイオリン奏者による楽器練習、ゴルフパターと短いレーンのボーリングなど、周囲の催しコーナーには数名ずつ参加しており、それを見物する者らが楽しんでいて、それぞれ催し物の進行やセットに不備はなさそうだった。唯一、女子トイレの待ち行列から「早く戻らないと食べ物なくなっちゃうんじゃない」という苦情を聞きつけてメモした。

***

 先ほどの裁判官が重そうな中世風の服を脱いで、Tシャツとスエットパンツで現れ、ランニングマシーンに乗って走っていた。催しとは別にこうしたオープンなジムや子供の遊び場があり、先ほどの姉妹を含めて子供らが走り回っていた。子供の遊び場には床全体がトランポリンで天井も壁も布製の網で覆われたところもあり、子供らがボールのようにバウンドして、その歓声が凄まじかった。
 店内放送が流れだし、そろそろ館内が終了する時刻となっていた。ハンバーガーをほおばる男女の若者が退出し、徐々に人々が広いエントランスの方に向かって行った。私は仕事を思い出して出口近くまで走り、二手に分かれる帰り道の方向をときどき案内した。
 モールのような会場は、次々と出店が閉まっていき、マイクの男もサクラの男と忙しそうにスーツケースに商売道具をしまっていた。先ほどの姉妹が、今日は面白かったね!と話しながら通り過ぎて行った。男の子は母親と手をつなぎながら私を指さして何か言おうとしたが、男の子がおねしょと言わないように、母親がぐっと手を引っ張って行った。
 裁判官に目をやると、彼は相変わらずゆっくり走っており、聞いてみると、週次の当番制らしく、明後日までここで泊って、同じ裁判を繰り返さなければならないという話だった。彼はランニングに疲れて、マシンを停止させて顔の汗を拭きながら私に話した。
 被告は毎日別なのですかと問うと、貸衣装なので大体同じ背格好の人なのだが、被告が同じだとお客さんは興ざめなので、毎回違う人をお願いしているそうだった。
 最初は粗暴な感じを出してもらって、ある程度責め続けて、最後に被告が改心して長々としたお詫びを述べることで、皆の気分が良くなるんだと手の内を明かしていた。
 一度シナリオを読む時間がなかった若者が最後まで謝らず、裁判を台無しにしてしまって、お客さんが不機嫌になって帰っていったこともあって、それ以降、細かい進行表が配られるようになったという話だった。
 彼は私が裁判の助手のひとりであることに気が付いて、明日もよろしくお願いしますと挨拶し、私は臨時の仕事だった旨を答え、これだったら、臨時から常勤に切り替えてもらおうかと考えていた。何しろここから自宅まで二時間ほどあって交通費も馬鹿にならなかったし、何よりも、ここは楽しい雰囲気に包まれていた。

裁判と晩餐会①《裁判の段取り》

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