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葬儀の日程

 大きな透明な箱に入っている男女の顔。男は老人になる手前の年代で、女は髪を蓄えた四十歳前後に見えた。それぞれの肉親が亡くなり、葬儀があるのだが、その日程がいまだに分からないそうだ。そうして私はその話に触れることができない。実家に連絡もできていないようだ。それぞれの事情があるようで、男の方は亡くなったのが祖父のようで、女の方は亡くなったのが自分とのこと。
 私は旅行先の和室にいて、その旅館の横を流れる清冽な水を湛えた用水路を思い出しつつ、その透明な箱が、その流れの上で成り立っていることを知った。部屋の中では、なじみの白い食器が二つに割れていて、それは小さな破片のない割れ方だったので、それらをそのまま食洗器にいれてもよいだろうかと思案していた。
 そういえば、女の方は化粧品に関係のある仕事をしており、その伝手で葬儀のことを知ろうとしていたが、やはり日程はわからず、私は白い食器が手掛かりになると考え、その欠片を手にして、その化粧品のメーカー名を彼女と一緒に思い出そうとしていた。
 そこでゆっくりしているわけに行かない気がしてきて、私は旅館から家に帰ろうと思ったが、その和室にどうやって来たのか、どうやって出ればよいのかわからず、ただ、その窓辺から階下の用水路を眺めることができたので、飛び降りることにした。
 しかし、用水路の手前は数列の物干し竿が伸びていて、そこに足を取られると頭を打つ危険があったので、大きく跳ねて水路の向こう側に着地した。時間がなかった。衝撃があり口の中が切れたが、私は走って、男か女かの実家に向かっていった。実家の場所は大体わかっていた。そこで葬儀の日取りをどうしても聞いておかなければならなかったのだ。


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