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脚本家が書いたショートドラマ『めざわり』

───「まともな生き方」って何?


散らかった室内。
いかにも男の一人暮らし。
夕焼けチャイムが聞こえる。
ベッドに寝ている男、哲也(24)。
無精髭を生やして、だらしがない風貌。
携帯で時間を確認すると、

哲 也「(消え入りそうな声で)死にたい死にたい死にたい……」

と、インターホンが鳴る。
無視。
また鳴る。
布団から顔を出す哲也。が、無視する。
と、ドンドンドンドン! とドアを叩く音。

哲 也「!!」

誰かがドアを激しく叩く。

女の声「テツーー!! 哲!! てーーつやあああーーーー!!」

ぎょっとする哲也。
女の声「(ドアを叩きながら)てっちゃーーん、いるんでしょーー?」
哲也、少し考えて、布団にもぐる。
女は呼び続ける。

女の声「テツーー!! いないのーー!? 大丈夫? 生きてる? ……テツ? いないの? ねえ! あっ、大家さーん! 大家さんですよね!?」

哲也、慌てて飛び起きて鍵を開ける。
開けると、女が笑顔で立っている。
哲也の姉、カオリ(27)である。

カオリ「よ。お邪魔しまーす(と、強引に入ろうとする)」
哲 也「(制して)ちょ、ちょ、ちょ、待って! 何で!? なに!?」
カオリ「久しぶりだな! 弟よ」
哲 也「いいから、ちょ待って何で」
カオリ「(紙袋を見せて)いろいろ、持ってきた」

哲也を突破して中に入るカオリ。

哲 也「じゃなくて、来るなら電話ぐらい」
カオリ「ここ家賃いくら? 駅前スーパーあるし駅からまあ近いし便利……えっ、キッチン、二口だし。えーーあたしずっと一口のとこ住んでたのに。えーー大学生のくせに生意気。あ、大学生やめたんだっけ(と、勝手にいろいろ触る)」
哲 也「お願いだから帰ってくれる」
カオリ「東武東上線ってはじめて乗ったんだけど」
哲 也「は?」
カオリ「来るとき。ほら、帰宅ラッシュだから? ホームけっこう混むでしょ。並んでたんだけど。で、よく見たら、列の先頭んとこにこう、マルがみっつあって、わかる? 三列になって並んでくださいって、書いてあるの。でも、なぜか、こう、二列でこうダアーーーって長い列になってて。わかる? 真ん中、空いてんのね、こうやって」

哲也、聞いていない。
カオリが持ってきた紙袋をのぞいている。

カオリ「で、ホーム狭いでしょ、どんどん列長くなっちゃって。あれ思うんだけどさ、三人目の責任だと思うんだよね。こう、こう、こういて、この人ね(とジェスチャーを交えながら)。この人がちゃんと先頭の真ん中に並べばさ」
哲 也「……姉ちゃん、これは何」
カオリ「……お母さんから電話あって。大学クビになってニートになってるから、カオリ近いんだから見てきてって。お母さん行けないからって、あ、お母さん、また腰やっちゃったって」
哲 也「うん、それはわかった。わかったんだけど、これは何?」
カオリ「だからまともに食べてないだろうからって、心配だって、それ、姉ちゃんの会社のだから」
哲 也「……」

哲也、袋から次々取り出す。
サプリメントらしき瓶。
ペットボトルの水。怪しげなパッケージ。
でっかい水晶。

哲 也「ヒャッ!」

気味の悪い人形。

カオリ「うちのマスコット。身代わりになってくれるんだよ?」

哲也、人形を見て金縛り状態。

カオリ「(正座して)テツ。今どき、就職できなかったとか、引きこもりとか、いっぱいいるんだから。テツだけじゃないの。大丈夫。大事なのは、これから、テツがどう変わるか、だと思うな。姉ちゃん、手伝うからさ、頑張ろう?」
哲 也「(怯えて)なに、怖い。怖い怖い」
カオリ「それは姉ちゃんの会社のだから、大丈夫あんたから金とんないって(と笑う)」
哲 也「明らかおかしーじゃん! 何!? マルチ!? 霊感商法!?」
カオリ「まずは、体を健康な状態に戻そう? それで、少しずつモノの見方とかも」
哲 也「(紙袋に戻しながら)いい! いい大丈夫! 帰って!」

哲也、カオリを無理やり玄関へ。
カオリ「明日も来るからね」
哲 也「来るな!」

バタン、とドアを閉める。

哲 也「……」

───翌日・早朝

人をダメにするクッションに寝ている哲也。
誰かがカーテンを開ける。
朝日が哲也を照らす。
寝ぼけている哲也、手だけ伸ばして閉める。
また開く。
閉める哲也。
開く。
閉める。

哲 也「……(少し考える)……!!」

飛び起きる哲也。
カオリが台所で朝食を作っている。
青汁のような不気味な飲み物を混ぜているカオリ。

哲 也「どうやって入ったんだよおお」
カオリ「できたっ。はいこれ運んで」
哲 也「つか何時だと思ってんだよぉ!」
カオリ「テツ、まずはね、朝起きて、夜寝る。これ基本。姉ちゃん、出勤前に来るから」
哲 也「……」

諦めたように立ち上がると、

哲 也「!」

昨日の水晶が飾ってある。
格言みたいなことが書いてある書が貼ってある。

哲 也「……」

哲也、トイレのドアを開けると、

哲 也「ギャッ!!」

腰を抜かしている哲也。
昨日の人形がトイレに飾ってある。

×     ×     ×

食卓に朝食を並べるカオリ。
哲也すでに疲れ切った表情。
納豆や、何かが焦げたものなどが並ぶ。
カオリは料理が下手らしい。

カオリ「セロトニンっていうのはね別名幸せホルモンといって心のバランスを整える作用のある伝達物質でセロトニンが不足すると精神のバランスが崩してキレやすくなったり激しく落ち込んだり今の君みたいになっちゃうからね、ちゃんと脳内で分泌されると、こう、パワー? やる気が! 出るから。だから、食事はトリプトファンを多く含む大豆製品とか……レバー! 食べれたっけレバー。あと、バナナ」

哲也、真っ黒に焦げた何かを箸でつつき、

哲 也「これは何……」
カオリ「サンマもいいんだよ」

哲也、元・サンマらしきそれを箸で恐る恐るつまみ上げる。

カオリ「いきなり就活行けーー! とか言わないからさ、まずは頭と体を健康にさ」

カオリ、青汁をぐいっと飲んで、

カオリ「大丈夫。姉ちゃん味方だから(と微笑う)」
哲 也「……(複雑)」

ふと見ると、
自分の手首に数珠のブレスレットがついていることに驚く哲也。
同じのをつけているカオリ。

───数日後

ますますカオリ仕様になっている哲也の部屋。
ベッドの上で正座して、電話をかけている哲也。
ブレスレットを指にかけて、くるくる回している。

哲 也「……はっ、もしもしオカン、あ、俺。……え? どちら様って……俺だよ。はっ、ちげーよ詐欺じゃねーよ。……いや悪かったよ……勝手に大学辞めたのは。でもこれ以上留年するわけ……いやオカンわかんないかもしんないけどさ、今ほんと就職厳しいんだって。え? やって、やってるって。ホントに。いや、じゃなくて、ねーちゃん来たんだけど。うん。うん。オカンがね、聞いたよ。なんかいろいろ差し入れ持ってきたけど……オカン、知ってんの? え? 何をって、だから……ねーちゃん、なんかヤバい会社入ってるじゃん。え? いやだから……マルチだかスピリチュアルだかよくわからんけど……え? だから……なんか、うさんくさい健康食品とか、変なセミナー……セミナーってわかる? とかを、売らせる会社。え? ……いやだから俺は……今は充電期間? てゆーか……は? じゃなくてさあ、ねーちゃんが……(イラついて)……あーあーあーはいはいわかったわかったから! ハイ!(切る)」

哲也、人をダメにするソファにスマホを投げつける。
と、母からLINEが。

『ようわからんけど、アンタよりマシね』

哲 也「!」

『カオリは仕送りくれよるよ』

哲 也「!!」

『健康食品も立派な仕事やろう。
こないだ、アクセサリーば送ってくれたと♪』

哲 也「!?」

画像が送られてくる。
母の手首にあのブレスレット。

哲 也「…………」

手首のブレスレットを投げつけようとするが……
できない。

───その数日後・早朝

寝ている哲也。

カオリ「テツくん。テツくん」
哲 也「……(目を覚ます)……!!」

目の前にあの人形。
カオリがテツの上に乗って人形を動かしている。

カオリ「(人形の声で)おはよう! 今日もボクが、君の悪い気を吸い取るよ! フフッ」
哲 也「……(力なく笑う)」

×     ×     ×

向かい合っていつもの朝食をとる二人。
箸が進まない哲也。

カオリ「あっ忘れてた! (カバンから資料を取り出し)これ、姉ちゃんの会社のセミナーだから、行ってみよう!」

『ポジティブandリラックス 思考トレーニングで憂鬱な毎日を抜け出そう』と胡散臭いセミナーのパンフ。
哲也、箸を置く。

カオリ「……心配だよね。知らない人ばっかだもんね。大丈夫。みんないい人だからね!」
哲 也「……」
カオリ「……(人形を手に)一緒にいこうか? フフッ」
哲 也「やめてくれる」
カオリ「……ん?」
哲 也「やめてって言ってるの。心配してもらって悪いんだけどさ、変な世界引きずりこまないでくれる」
カオリ「……テツくん、イライラにはビタミンB2だよ! フフッ」
哲 也「なんなんだよこれ。何変なもんハマってんだよ!(と冊子を取り上げ、投げる)」
カオリ「……」
哲 也「(遮って)ねえちゃんの仕事立派なの? 人だましてんでしょ? 俺そんなんなるんだったら社会でない方がよっぽどマシなんだけど!」
カオリ「……」
哲 也「ねえちゃん洗脳されてんだよ! わかんないの?」
カオリ「テツ……」
哲 也「父さんと一緒だよ。似てんだよ! 騙されやすいんだよねえちゃんは!」
カオリ「……お父さんは」
哲 也「騙されて借金作ってさ、工場閉鎖して、ただの馬鹿でしょ!」
カオリ「……(睨む)」
哲 也「……まあ俺もそのダメ遺伝子継いでるからこうなってんだけど」
カオリ「……」
哲 也「……だいたい、俺はねえちゃんと違って三流大学だし? 卒業できたところでまともな就職できたかもわかんないし。コミュ力もないし。キモいんだよ就活。みんな同じカッコして思ってもない定型文言って。特技もない資格もないし語学力もないし愛想も悪い、こんなクソがどうしたって無駄なの。セロトニン朝食って何? 毎日こんなまずいもん食わされてたら逆にビョーキになるわ! 開運の水ってなに? ただ水道水なんじゃないのそれ。それともなに? カモだと思った? 馬鹿親の息子だし」
カオリ「……」

重たい、沈黙。
カオリ、突然食器をまとめはじめる。

哲 也「(え、と)」

カオリ、朝食を台所の流しに乱暴に捨ててしまう。

哲 也「……」

開運の水の蓋を開け、流しにどんどん流していくカオリ。

哲 也「……ごめ、ねえちゃん言いすぎたごめ……」
カオリ「……知っとるさ」
哲 也「え?」
カオリ「知っとるさ! お父さん馬鹿ばい、人ば信じて、騙されて、借金ば返すため、働きすぎて死んで! お母さんはなんも言わんし! 働くって言ったのにうちら二人東京行かせて、大学出してさ、馬鹿ばい」
哲 也「……」
カオリ「お父さん見て思ったとよ。誰かが助けてくれるって思ったらダメさぁ。人は一人たい。自分(我が)で生きんばダメとよ。自分で健康に気ぃつけんばいけんとさぁ。自分で稼いでいかんばいけんとって。自分の心は自分で守らんばダメと。……生き抜く力ば欲しかよぉ。うちは」
カオリ、自分のブレスレットを床に投げつける。
哲 也「……」
カオリ「なんか信じらんば、強くなれんとさ!」
哲 也「……」
カオリ「ヒトはだいも(誰も)助けてくれんとよ。自分ば助けてくれるとは自分しかおらんと」
哲 也「……」
カオリ「あんたはなんね。自分の自尊心くらい自分で維持せんば!」

×     ×     ×

夕方になった。
台所もそのまま。
ぼうっとしている哲也。
人形と目があう。不思議と可愛らしく見えてきて、微笑う。
哲也、まだ開いていない開運の水を一口飲む。
そのまま、一気飲みする哲也。
立ち上がり、洗面所へ向かう。
髭を剃っている音。
そのまま、玄関を出る。

───夕暮れ時の、川沿いの道

溜め込んでいたエネルギーを放出するように、全速力で走る哲也。
転んで、道に転がる。
息を切らして。
転がったまま、夕焼の空を見上げる哲也。
右手を掲げる。
ブレスレットに西日が当たって輝く。

×     ×     ×

あれから数週間後の哲也のアパート

また早朝にやって来たカオリ。玄関のドアの前に立ってためらっている。
意を決して、ノックするカオリ。
反応はない。
落胆するカオリ。

───と、室内から物音がする。
カオリ「(え)」

カオリ、ドアノブに手をかける。
と、鍵が開いている。

台所で料理をしている哲也。

カオリ「……」

テーブルに哲也の履歴書。
ハンガーにスーツがかかっている。

×     ×     ×

朝食が並ぶ。
カオリと同じような食材を使っているが、かなりの出来栄え。
向かい合って食べ始める二人。
二人の間にあの人形が座っている。
首にあのブレスレットがかかっている。

カオリ「……うまい(と、ちょっと凹む)」
哲 也「ふつうだろ」
カオリ「料理、どこで覚えたん」
哲 也「バイトで、厨房いた。……フェードアウトしたけど」
カオリ「お母さんよりうまいな」
哲 也「(微笑って)おかんは料理下手だろう」
カオリ「……高校ん時、覚えてる? 弁当が。白飯におかずがチャーハン」 
哲 也「……いや、あれはマシだった。一回白飯に海苔弁だった」
カオリ「あれは、いよいよ我が家もヤバいとこまで来たなと思ったね」
哲 也「笑ったけどな、あれは」
カオリ「我が家のピンチなのに、あの人ずっと適当だったな」
哲 也「うちらにはあの人の適当遺伝子が足らんな」
カオリ「……行けるか? 面接」
哲 也「何歳だと思ってんの」
カオリ「……うちの、開運パンツ! 赤いの……履く?」
哲 也「履かん」

穏やかな間。

カオリ「テツ」
哲 也「ん?」
カオリ「大丈夫……姉ちゃん味方だから」

×     ×     ×

哲也、駅へ向けて、自転車でゆっくり走りだす。
後ろに乗ってるカオリ。

カオリ「では、あなたの長所を教えてください」
哲 也「……はい、私は、何事も前向きに捉えることができ……何事にも……粘り強く」
カオリ「(哲也の頭をはたいて)嘘言うな」
哲 也「ないわ長所なんて」
カオリ「……セミナー行くか?」
哲 也「行かん」

おしまい


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