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【教育】「遠い国だったシリア」が特別な国になった理由-子どもと一緒にNPOの活動を応援する3つの理由(前編)♯031

私は8歳の息子と一緒に、寄付を通じてシリアの教育支援をするNPOの活動を応援しています。全3回に分けて、活動を通じて感じる子どもの変化や、子どもと一緒に活動を応援する理由を書いてみたいと思います。

昨年起きたトルコ・シリア地震をきっかけにNPO法人Piece of Syriaという団体と出会い、活動報告会等に親子で参加しています。つい先週末も子どもたちとイベントに参加してきました。

このような場に子どもと一緒に参加することで、感じることは
①「世界に向けたアンテナが立つ」
②「子どもが、自分も何かできるかも、という気持ちを育むことができる」
③「挑戦をエンカレッジしてもらえる」

この3点を得られると思っています。

今日は、遠い国だったシリアに親近感を持つようになった理由、そしてPiece of Syriaとの出会いを書いていきます。

NPO法人 Piece of Syriaとは

Piece of Syriaは、「シリアをまた行きたい国にする」という思いのもと、中野貴行さんが立ち上げたシリアの子どもたちへの教育支援と日本国内での啓発平和教育活動を行なう国際協力NPOです。

また代表の中野さんは、昨年、ビジネス雑誌『Newsweek』の世界が尊敬する100人に大谷翔平、八村塁、とにかく明るい安村などと並んで選出されています。

なぜシリアなのか?~Best Friendの国を助けたい~

シリアからの難民のお友達との出会い

私たち親子とシリアの関係は、イギリスに住んでいた頃に遡ります。
息子は、通っていた学校にシリア人のBest Friendがいました。正確に言うと、彼はお父さんがシリア人、お母さんがアルジェリア人。お父さんの話によると、もともとはシリアに住んでいたけれど、2011年から内戦が始まったため、シリアに両親を残し、お父さんの兄弟は散り散りに分かれて、ヨーロッパや中東の各国に難民として逃れたと言います。彼ら家族も、サウジアラビア、ドバイに住んだのち、イギリスにやってきたのだそう。
また、息子のクラスにはもう一人、別のシリアからの難民のご家族がいて、お母さんと話した時、シリアに住んでいたけれど、数年前に内戦によりイギリスに逃げてきたと言葉少なく話してくれました。

「難民」という言葉を聞くと、かわいそうなイメージが先行するかもしれません。ですが、私が知り合った家族は、きっと大変な悲しみや怒りを持っているにもかかわらず、とっても陽気。会うたびに「いつでもうちに遊びにおいで。シリア人はおもてなしが大好きなんだ!」と声をかけてくれました。(お言葉に甘えて、多々お邪魔しました^^)

年齢よりずーっと大人にうつったシリア人家庭の子どもたち

イスラム教のご家庭は子だくさんであることが多かったのですが、どちらのご家族も4人きょうだい。
Best Friendのおうちは、お兄ちゃんは中学生だったのですが、本当にしっかり者。彼らはおもてなしが大好きなので、私たち家族がお邪魔した時に、別の来客がいることもよくありました。けれど、お兄ちゃんは大人たちの様子に目配りしながら、私がアラビア語の会話に入れていないと、「大丈夫?楽しめてる?」と英語で話しかけてきてくれたり、アラビア語、フランス語は話せるけれど、英語が苦手なお母さんの通訳をしたり、言語が異なる人が集まる社交の場をうまく潤滑させるキーパーソンでした。また思春期の難しい年ごろであるにもかかわらず、下のきょうだいのお世話をよくしていました。
また、小学校高学年のお姉ちゃんも、お兄ちゃんと同じように来客をもてなし、お母さんのお手伝いもよくする女の子でした。
このようなきょうだいの姿は、年齢よりずーっと大人のようにうつり、我が家の息子も娘もこのきょうだいが大好きでした。

心に刺さった言葉

一家がシリアの文化を誇らしげに話してくれたこともあります。その言葉の節々から「いつか自分たちの母国に帰りたいだろうな」と感じるほどに。

またお母さんが、シリアを離れ、イギリスに住み続けることで、「子どもたちは英語を話すようになってくれたけれども、母国語であるアラビア語を忘れてしまうのではないか」と、ポロッと不安を吐露されたこともあります。

そして、より印象的だったことが、息子が話してくれた夏休み前の教室での一コマ。
息子は公立小学校でしたが、イギリス以外にルーツがある子供たちばかりが来る学校だったので、ホリデーには、ヨーロッパ、アフリカ、中東、アジア、それぞれの母国に一時帰国する家族が多く、皆、その話題で盛り上がっていたのだそう。ただ、シリアから来た子供たちは「僕たちがシリアに戻ったら、危険な目に遭うから、もうイギリスには戻ってこれない」と話していたのだそうです。
日本人の私にとって一時帰国できる母国があることは当たり前のことだし、そこに沢山の家族、友達が自分の帰りを待ってくれている。ただ、そうではない国があることを改めて突き付けられた瞬間でした。

Piece of Syriaとの出会い

2年弱住んだイギリスでこのような経験をし、今までは遠い国だったシリアに親近感を持つようになった私たち。帰国後まもなく、トルコ・シリア地震が起こり、大切な友達の母国のために何かしたいと、支援先を探していたところ、見つけた団体がPiece of Sryiaでした。
教育の支援というのは衣食住や健康と比べると緊急性はそれほど高く思えないかもしれません。けれども、子どもや国の未来といった点で、非常に重要度が高い事業だと思い、毎月寄付をすることに決めました。


さて、前編はここまで。
中編では、Piece of Syriaの団体の皆さんとの交流を通じて何が得られているのか、そして子どもがどう変化していっているのかを書いています。

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